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社説:排出量取引 単なる試行に終わらせるな

 福田康夫前首相が温暖化対策の目玉として打ち出した「国内排出量取引制度」が始動した。今年の秋に始める、という点では「福田ビジョン」が示した通りの展開である。

 しかし、問題は中身だ。企業の自主性に任せたやり方で、世界的な温室効果ガス削減の流れに乗ることができるのか。もうひとつ「本気」が伝わってこない。

 京都議定書では先進国が排出できる温室効果ガスの上限が割り当てられ、それ以下まで削減することが義務付けられている。自国でのガスの排出量そのものを抑えるのが基本だが、削減しきれない国は、他国が削減した分を自国の排出枠として購入できる。これが排出量取引の考え方で、市場の仕組みを利用し、地球規模での削減に結び付けることをねらっている。

 議定書がルール化しているのは国同士の取引だが、欧州連合(EU)は05年から域内排出量取引を実施している。考え方は同じで、政府が企業ごとに排出枠を割り当て、過不足分を企業間でやりとりする。排出が枠を超えると高額の課徴金が課せられる。

 今回、日本政府が試行する制度の最大の懸念は、EUのような強制力のある排出枠の設定を避けたことだ。代わりに、各企業は自主的に排出枠を申告する。削減目標は総量でも、生産量当たりの排出量でもいい。制度に参加するかどうかさえ任意であり、目標を達成できなくても罰則はない。十分な排出削減に結びつく仕組みとは思えない。

 現在、欧州各国や米国の一部の州などが参加する国際炭素行動パートナーシップ(ICAP)が排出量取引の国際市場作りを検討している。義務的な排出枠を設定していない国には実質的な参加資格がない。

 日本が産業界への配慮を優先し、強制力のある排出枠にそっぽを向いたままだと、京都議定書後の「ポスト京都」をにらんだ国際的なルール作りから取り残されてしまう恐れがある。

 そうならないためにも、今回の試行を次のステップに進むための「練習問題」とし、前進させる必要がある。排出枠を義務付けた場合の技術的課題も具体的に検討しておくべきだ。目に見えない二酸化炭素に価格をつけ、市場原理を持ち込む以上、「マネーゲーム」を避ける対策もいる。

 排出量取引が削減の切り札ではないことも忘れてはならない。化石燃料から再生可能エネルギーへの転換、炭素貯留など新技術の開発、炭素税の導入、さらなる省エネなど、さまざまな手段を総合し、排出量そのものを減らすことが欠かせない。

 世界を覆う金融危機を前に、温暖化対策どころではないという考えもあるだろう。しかし、低炭素社会の実現は、短期的な経済状況に左右されるべきものではないはずだ。

毎日新聞 2008年10月22日 東京朝刊

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