大阪市随一の繁華街、梅田で21日早朝に発生したひき逃げ事件。運転手は、はねた会社員、鈴木源太郎さん(30)=堺市=を助けるどころか、中心市街地を3キロにもわたって引きずったまま逃げた。大阪市内では18日にも中学3年の女子生徒が運転する軽ワゴン車が、自転車の男性をはね約180メートル引きずって重傷を負わせる事件が起きたばかり。「逃げ切れればいい、という世相の表れか」「あんなひどい遺体を見たのは初めて」。交通事故被害者の家族や捜査幹部からも嘆きの声が漏れた。
事故発生現場はJR大阪駅前付近で、阪神、阪急百貨店や銀行などが建ち並ぶ繁華街。路上には、はねられた鈴木さんのものとみられる左足の靴とノートが残されていた。昼近くになっても血痕とみられるどす黒い線が、「阪神前交差点」から遺体発見場所の約3キロ西まで続いていた。
発見現場の同市福島区吉野付近を21日午前5時半ごろに散歩していた女性は「顔が血だらけになっている人がいるのが見えた。(遺体の損傷が激しく)びっくりして、よく見られなかった」と話した。
発見現場前のスーパーの警備員の男性(59)は、午前7時ごろに出勤し、道路が通行止めになっているのに気づいた。「パトカーが何台も止まり、ものものしい雰囲気だった。数日前もひき逃げ事件があったばかり。人の命を軽視しているようで憤りを感じる」と話した。
府警曽根崎署によると、鈴木さんは20日午後6時半から同僚ら2人とJR片町線放出駅周辺の飲食店で過ごし、うち1人と梅田で午前4時ごろまで飲食していたという。
現場を確認した曽根崎署の幹部は「あんなひどい遺体を見たのは初めて」と表情を曇らせた。
運転手はどんな気持ちで逃げているのか。3キロも引きずったとは殺人事件と同じだ。被害者は若く、家族の無念を思うとつらい。道交法の厳罰化で死亡事故の発生が全般的に落ち着いた印象もあったが、こういう悪質な事件があると、運転手の意識がまだまだ浸透していないと感じる。「仕方ない事故」は一つもなく、死亡事故はゼロにできる。そういう意識が社会全体に広がることが期待される。
ひき逃げの容疑者はほとんどが「怖くなって逃げた」というパターンだが、これだけ長い距離を引きずったまま逃走するのは「逃げた方が得だ」と判断したからかもしれない。ここ数年、乱暴な犯罪が目立ち、一連のひき逃げ事件も「逃げ切ればいい」という世相の表れではないか。人生を長い目で見ることができれば、被害が小さいうちに救護して、できるだけ罪が軽くなるようにするはずだが、そういった形跡が見られない。捜査当局がきちんと立件して「こんな行為は自分の人生にとって損だ」と示す必要がある。
人をはねると、多くの運転手は我を失った状態になる。合理的な判断ができなくなり、逃げれば犯罪だとの意識が著しく低下した状態になると、逃げてしまう。逃げた運転手は心の中で「なかったことにしたい」と思うのだが、報道で車の特徴などが明らかになってくるにつれ、そうした心の自己防衛が破綻(はたん)する。
一般的には、いたたまれない気持ちが優位になり、その後、周囲に諭されて出頭するケースが多い。
はねられた鈴木さんは、妻と長男(2)の3人で堺市で暮らしていた。勤務先は、大阪市中央区の三井不動産レジデンシャル関西支店。鈴木さんはマンション販売の営業を担当していた。
同支店の担当者は「人当たりも良く、たいへんまじめで営業成績もよかった。同僚らは事件にショックを受けており、早く解決してほしい」と話した。
毎日新聞 2008年10月21日 大阪夕刊