Numeri日記
10/22 Numeri7周年
そんなこんなでNumeri開設7周年を迎えたわけですが、思えば長いことやってきたもので、7年前の今日この日Numeriを開設したわけです。7年というとそれはそれは途方もない期間でございまして、1歳だった子も8歳になって分別がつくようになります、13歳だった可憐な女の子も20歳になってヤリマンになります、いつも温かく家庭を見守ってくれていたお爺ちゃんも天国から見守ってくれるようになります。
ちなみにNumeri開設の年である2001年は、ブッシュが大統領になったり、あの9.11事件が起きたり狂牛病騒ぎがあったりと物凄い暗雲立ち込める感じの年でして、そういった意味ではNumeri自身も暗雲だったと言わざるを得ないのかもしれません。
確か、開設した当初は、文章をモリモリ書いていったら人気が出て、ついでに仕事も恋も上手くいって、30歳になるくらいには結構な年収で家族もあってね、大人の男ですよ、大人。ついでに日記が有名になって広末涼子(当時好きだった)とのスキャンダルが報じられるようになってさあ大変!って考えていたんですけど、蓋を開けてみると給料は安いわ、栗拾いツアーに誘われないわ、ウンコ漏らすわ、足臭いわで大騒ぎ。あと、これは別の機会に書きますけど、おセックスしてないのに性病になったりもしました。
そんなこんなで、まさか2008年にもなって未だ日記を書いてるとは思わず、「7周年です!」とか加齢臭撒き散らして言う気分にもなれないのですが、毎年の如く恒例の第一号日記を弄りまくりたいと思います。というわけで、このNumeri(当時はNUMERI)にて一番最初に書かれた第1号の日記、2001年10月22日の日記を見てみましょう。物凄いから心臓叩いとけ。
2001/10/22 おつかい
上司のおつかいで、速達の書類を出しにクロネコヤマトまで行ったんですよ。送料は多分、1000円もかからないだろうけど、
上司が細かい札を持ってなかったので5000円渡されました。で、遠く離れたクロネコヤマトの営業所まで車を運転してたんですけど、
急に腹痛が・・・。
しかもかなりの大物。
我慢できずに、車を停め、マクドナルドまで駆けるようにしていって用を足しました。
なんとか無事に用を足し、ホッと一息。店を後にしました。で、無事にクロネコヤマトに到着したのですが、
上司から預かった金がない・・・。
落としたっぽい・・・。
そういえば、マクドナルドで若者達の集団が何やら歓喜してたような・・・。
きっとあいつらが俺が落とした5000円をゲットしたに違いない
そう思うと悔しくて悲しくて
自腹で送料を払い。お釣りも自腹で上司に返しましたとさ
手痛い出費でした。
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これはひどい!
もうこれは3日で更新しなくなるレベル。3日で更新しなくなったくせに「俺も昔はブログやってた」とか言っちゃうレベル。人気ですぎて嫉妬の塊と化したニートが荒らしに来てウンザリしてやめちゃったって何の特にもならない嘘つくレベル。ちょっと、これ、ホントに僕が書いたの。本気でコレ、今日び小学生とかがやってるブログよりひどいよ。7年前の僕は何を考えてるのか頭おかしいんじゃないか。何が「手痛い出費でした」だ、死ね。何年間も10月22日が来るたびにコレを弄らなきゃいけないこっちが手痛いわ。
ちなみに、ウンコのことを「大物」とか表現してる部分に、あまり下品なことを書くと読んでる人が不快になるから、という開設当初の僕のひとかけらの良心が読み取れて面白いのですが、そんなこんなで、このエピソードを2008年現在の僕が書くとどうなるのか、その辺を検証してみましょう。
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2008/10/22 最後の落し物
「酸素バルブを開け!」
「今やってる!」
「圧力が高すぎる!まずいぞ!」
「うわっ!」
「プープープー!アンコントローラブル!プープープー!アンコントローラブル!」
機械的なアナウンスが船内に鳴り響いた。この緊急事態を告げるアナウンスは女性の声でなかなかにセクシーだ。一体どんな女性が録音したのだろうか。慌しい船内で高志はボンヤリと考えていた。まるで他人事だ。
これまでの高志の人生は華々しいものだった。少年時代は神童と呼ばれ、特に数学や科学に関して異常な才能を見せた。いつからか漠然と宇宙飛行士を目指すようになった。周りの友人が夢物語のように宇宙飛行士になりたいと望むのと違い、高志の夢には現実性があった。必ずなって見せるという信念があったのだ。
大学の理工系学部を首席で卒業した高志は渡米し、アメリカの大学で宇宙工学を専攻するようになる。一歩一歩、現実へと近付いている実感があり、この時が一番充実していたと後の人生の中で何度も語るようになった。
そんな折、NASA(アメリカ航空宇宙局)からの依頼を受けてISS(国際宇宙ステーション)計画の一員として、飛行訓練に参加することになった。夢の実現まであと一歩。興奮と同時にあっけない感情が湧き上がった。夢を達成した後にどうやって残りの人生を過すのか、抜け殻みたいになってしまうのではないか、そんな心配を抱えていたくらいだった。
しかし、打ち上げ直前になって健康上の理由によりメンバーから外されてしまう。高志の人生において初めての挫折だった。酒に溺れ、女に溺れ、自暴自棄な生活に身を落とした。周りの人間全てが高志は終わったと陰口を叩く、もう彼が宇宙に出ることもないだろうと噂した。しかし、もはや宇宙に何の魅力も感じなくなった高志にとってどうでもいいことだった。
それから7年。今こうして高志はスペースシャトルの中にいた。太陽系を飛び出し、まだ見ぬ外宇宙を探るNASAのビンソン計画へ参加することになったのだ。大きな挫折、自暴自棄の底辺生活、そこから這い上がってまた夢を叶えることは容易なことではなかった。アメリカという社会風土はドロップアウトしたものにそこまで優しくない。また何度も挫折しかかったが、それでもある信念を胸にここまで頑張ってきた。それを支えたのはある女性との約束だった。
「ヘイ!地球はやっぱり青かったな、TAKASHI」
ロシアからこの計画に参加しているゴンザレスが話しかけてくる。ゴンザレスはこの計画における軌道計算を主に担当している。また、船内ではムードメーカー的存在だ。その言葉を受けてジョフが計器を眺めながら口を挟んできた。
「地球が青いのはガガリーンによって50年以上も前に既に説明されている。当たり前のことだ」
彼は着陸の際の操縦を担当するアメリカ人だ。どこかクールであまり乗組員と打ち解けようとしない冷たい印象を受ける男だった。こうやってゴンザレスとの会話に空気が読めない感じで割り込んでくるのが彼のスタイルだった。
「ほらほら、無駄口叩いてないで、もう一度軌道計算やりなおしよ」
そこにやってきたのがミッチェル女史だ。かなり優秀な女性らしく、その経歴は華々しい。政府からの肝いりで突如としてこのフライトに参加することになった。どこかとっつきにくいが美人なので目の保養にはなる。彼女がいないとなると男ばかりの船内、むさ苦しさで死にそうになるとゾッとするほどだ。
とにかく、女史とジョフの目が怖いのでとにかく仕事をしようと計器類の点検をする。すると、またサボってるのかゴンザレスが近付いてきて話しかけてきた。
「TAKASHI、お前はどうしてこの計画に参加したんだ?」
こうしてゴンザレスのペースに乗せられるといつのまにか一緒にサボってることになってしまい、女史にどやされてしまう。コツはあまり相手にせず、自分のすべきことをやりながらそれなりに相手をすることだ。高志は計器類を点検しながらそれなりに返答した。
「昔からの夢だったからね、宇宙に出ることは少年時代からの夢だった」
それを聞いてゴンザレスはしばらく考え、首を横に振りながら口を開いた。
「そういうことを聞いてるんじゃない」
バルブを開く手が止まる。高志はきちんとゴンザレスに向き直って問いただした。
「そういうことじゃないって、どういうことだい?」
ゴンザレスはまるでため息のように一息ついてから答えた。
「いいか、これはある日本人の話だ。その日本人は頭脳明晰で素晴らしく、全米から優秀なやつが集まるNASAでも特に優秀だった」
このロシア人は何を言ってるのだろうか、そう思いながらも止まらない勢いのゴンザレスの話に耳を傾けた。
「周りの誰もがその日本人の才能を信じて疑わなかった。次に宇宙飛行士になるのはやつだろうなってみんな思ってた」
何を言いたいのか分からなかった。けれども黙ってゴンザレスの話に聞き入ることしか高志にはできなかった。
「けれどもな、そいつはなれなかた。ISSのフライトで選から漏れたんだ。俺のような出来損ないが漏れるのとは違う、やつにとってはショックだったろうよ」
ゴンザレスが7年前の高志のことを話していると気がついた。ハッとする高志にお構いなしといった感じでゴンザレスは続けた。
「やつは荒れた。それはそれは荒れた。俺はその日本人のファンだったからな、胸を痛めながら見ていたよ。その日本人のことを噂する陰口なんかを腹立たしく聞きながらな」
沈黙が流れた。機械音だけが延々と続くかのように流れ続けた。どれくらい沈黙が続いただろう。計器類の前でゴンザレスと向き合う形で長い時間無言、奇妙な格好が続いた。そして、まるでタイミングを見計らったかのようにゴンザレスが口を開いた。
「どうしてもどってきたんだい?」
それは見たこともない笑顔だった。明るい性格でムードメーカー的存在のゴンザレスはいつでも笑顔だった。しかし、それらの笑顔とは違う、ただ笑っているだけとは違う、感情の全てを言葉よりも表情で相手に伝えたという類の笑顔だった。
いつもの軽口やジョークとは違う、真剣な話だ、高志は悟った。真剣な話には真剣に返すべきだと教わってきた高志は、今まで誰にも話すことのなかった真相を話すことにした。なぜまた宇宙飛行士を目指すことにしたのか。
「あれは、7年前のことだったよ……」
7年前、ISS計画の選から漏れた高志は荒れに荒れ、酒と女に溺れる日々だった。特に酒に関しては酷く、酒が全てを忘れさせてくれるという想いからとにかく酒に溺れるばかりだった。飲む場所も高級レストランからバーへ、それもどんどんたちの悪いスラムの片隅へと変化していき、そんな場末の飲み屋の飲み代すら払えなくなっていた。
「次からはちゃんと金持ってきてから飲みやがれ!」
黒人の用心棒が捨てゼリフを吐く。7年前の高志はスラムのゴミ捨て場にいた。もちろん、金も持たずに飲み歩き、意識がなくなるまで殴られ、本当にゴミのように捨てられたのだ。
「星が綺麗だな」
ゴミ袋の上に仰向けになり星空を見上げる。もうあの星たち、宇宙には届かない。所詮は他の少年が語る夢物語と同じだったんだ、自分にとっての宇宙も同じだったんだ。そう思っていた。その時、ニュッと高志の視界に一人の女性が現れた。
「うわっ!ビックリした!」
思わず叫んでしまう。その女性は年齢的には高志と同じくらいなのだろう、今風のファッションに今風の髪型、顔の作りだって美人と呼べるレベルで、とてもじゃないがこんなスラムの、それもゴミ捨て場には似つかわしくない女性だった。
「星空が綺麗なの?」
彼女は首を捻りながらそう訊ねてきた。こう言ってはなんだが目線がおかしく少し違和感がある。おまけにこのセリフ、スラムにいがちな頭のおかしい人なのかと思った。それでも、こんな底辺の男に話しかけてくれる女性は有難い、酔っていたのもあってフレンドリーに返答した。
「ああ、見えないか、この綺麗な星空が」
ゴミ袋の上に横たわりながら天を指差す。しかし、彼女は空を見上げようとはしなかった。
「分からない。私には分からないの」
こちらが黙ってしまうと視線が合わない、そして彼女が手に持っている白い杖、そしてこのセリフ、高志は瞬時に理解した。
「ひょっとして、君は盲目なのかい?」
彼女はコクリと頷いた。
彼女の名前は芳江、日系人だ。生まれた時から盲目で、身よりもなく、施設で暮らしてきたらしい。高志は近くの喫茶店で彼女の話を聞き、彼女のことを知るにつれて心惹かれていくのが分かった。
「どうしてあんなスラムを歩いていたんだい?」
治安の悪い地区を女性が一人で歩くなんて考えられない。それも盲目の人間がだ。彼女は慣れた手つきでミルクティを飲みながら答えた。
「言葉を探しているんです」
「言葉?」
「そう、言葉。借り物でない言葉を探しているんです」
高志にはさっぱり意味がわからなかった。言葉を探す、そもそも言葉なんてそこらを探して見つかるものなんだろうか。考えれば考えるほど分からない、高志はその不可解さでいっそう芳江のことが気になり始めた。
「星空が綺麗。でも私には「星空」も「綺麗」も分からないんです」
彼女が言うにはこうだ。生まれつき目が見えない彼女は何も見たことがない。星空という言葉は知っていても、それが夜空に浮かぶ星のことを指していると知っていても、その実態を見たことがないのだ。同じことで「綺麗」の意味も分かってる、それが良い言葉だと分かっている、けれどもどんな状態が綺麗なのか彼女には分からないのだ。
「この世の中にある全ての言葉は借り物の言葉。星空が綺麗、空が青い、海が広い、それらの言葉は過去に誰かが使った言葉を借りているに過ぎないの。目が見える人にはそんな借り物の言葉で伝わる。でも、見たことがない私には借り物の言葉じゃ伝わらないの」
彼女はミルクティを飲み干すとニッコリと笑った。
「借り物の言葉……」
高志はそんなこと考えもしなかった。言葉は言葉であって、例えそれが過去に誰かが使った表現だとしてもそれで伝わるのだから問題ない。けれども、目の前にいる女性は違うのだ。借り物の言葉じゃ伝わらないのだ。
「私の夢は借り物じゃない言葉に出会うこと。私の心に響く言葉に出会うこと。だからずっと言葉を探しているんです」
高志は呆然とするしかなかった。しかし、それと同時にある思いが頭の中に浮かび上がる。そう、彼女の夢を叶えてあげたい、彼女の心に響く言葉を自分の口から伝えてあげたい。いつの間にかそう切望していた。
そして自然と言葉が出る。
「僕が君の目になるよ。借り物ではない言葉を君に届ける」
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「…というわけで、俺はまた宇宙に出ることを決意したんだ」
高志は計器類の数値をメモしながらゴンザレスに目をやる。ゴンザレスは不可解と言いたげな表情だった。いよいよ我慢できなくなったのか疑問を高志にぶつけた。
「それでどうして宇宙なんだい?」
高志はニヤリと笑って答える。
「星空が綺麗なのも空が青いのも借り物の言葉だ。それは過去に誰かが見たことあるからさ。じゃあ誰も見たことないものだったら、それが初めて見るものだったとしたら」
ゴンザレスがハッとした表情をする。表情豊かなところが彼の良いところだ。高志は構わず続けた。
「宇宙にある誰も見たことがないものを自分の言葉で芳江に表現する。それは借り物なんかじゃない。芳江の心にきっと響くはずさ」
今度は打って変わって深刻な表情となったゴンザレスが相槌を打ちながら言葉を発する。
「それでこのビンソン計画に……」
「ああ、このスペースシャトルの目的でもあるまだ誰も見たことがない超新星爆発、それを観測し、芳江に伝えるのが目的さ。誰に借りたわけでもない自分の言葉でな」
「それだけのためにまた戻ってきたのか。上手く彼女に伝わることを祈ってるよ」
「ありがとう」
また女史の気配がしたため二人はそそくさとそれぞれの仕事に戻る。
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「ヘイTAKASHI、みろよ」
ゴンザレスが円形の窓の外を指差す。そこには漆黒の宇宙空間に煌く小さな光が無数に存在していた。
「これは……?」
あまりの美しさに言葉を失う高志。
「宇宙の塵さ。宇宙空間では塵すらもこんなに美しい。きっと超新星の爆発はこんなもんじゃないぜ。YOSHIEもきっと喜んでくれるさ」
ゴンザレスの言葉に高志は胸が躍った。あと数日でこの宇宙飛行の目的である超新星の爆発に遭遇することができる。それは宇宙を知る上で重要な情報となりうる大切な使命だが、それ以上に芳江に伝える言葉の方が重みがある。高志は沸きあがる高揚感をグッと押さえ込んだ。
その瞬間だった。
大きく船体が揺れた。それと同時に警報音が鳴り響いた。
「異常発生だ!各自持ち場につけ!」
ジョフの声が鳴り響く。何らかの異常が起こったことは一目瞭然だった。
「酸素バルブを開け!」
「今やってる!」
「圧力が高すぎる!まずいぞ!」
「うわっ!」
ジョフとゴンザレスの怒号が船内に響き渡る。ミッチェル女史はパソコンに向かって必死に何かを打ち込んでいた。
「プープープー!アンコントローラブル!プープープー!アンコントローラブル!」
コントロールシステムによる警告音が鳴り響く。一気に慌しくなる船内とは裏腹に、妙に冷静な高志がいた。高志はその冷静さに自分でも驚いていた。
「TAKASHI!手伝ってくれ!」
ゴンザレスの言葉に我に変える。それと同時に大きく船体が揺れた。同時にジョフが叫ぶ。
「危険だ!早くバルブを開けないと船が持たない!」
高志は急いでバルブへと向かう、そこではゴンザレスが必死に計器類を弄っていた。
「TAKASHI!そこのバルブを!」
「おう!」
揺れる船体に足元がおぼつかないが、なんとかヨロヨロになりながらバルブへと近づく。指定された黄色いバルブに手をかけ力を込めるが微動だにしない。
「だめだ!開かない!」
ゴンザレスに助けを求めるが彼もまた手が離せない状態だ。自分の力で何とかしようと高志はいっそう力を込めた。
「ダメ!高圧の水蒸気が噴出するわ!」
女史が計器室に来た時にはもう全てが遅かった。バルブの隙間から溢れ出た高温高圧の蒸気は一瞬にして高志を包み込んだ。
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暗闇だった。気がつくと暗闇だった。高志の目の前は暗闇で、声だけが聞こえてくる。
「なんとか船体は助かったが……」
ゴンザレスの声だ。あの危機的状況から回復したということだろう、高志は少しホッとした。
「ああ、それも問題だが、問題は船体がもつかどうかだ。このままじゃあ地球に引き返しても大気圏でお陀仏さ」
続いてジョフの声だ。ジョフはいつも任務遂行だけを念頭に行動している。このセリフもまたジョフらしいといえばジョフらしい。
「今はTAKASHIのほうが心配だわ」
女史の声だ。それと同時にヒンヤリとした冷たい物が顔に当てられた。自分はもう大丈夫だ、心配する必要はない、もう目が覚めていると起き上がったが、相変わらず目の前は真っ暗なままだった。
「どうした?もしかして電源系統でも故障したのか?」
暗闇に問いかけるがその答えは沈黙だった。高志の心の中を一瞬にして大きな闇が覆う。
「まさか……俺は失明したのか……」
そっと誰かが高志の肩に手をかける。
「TAKASHI、お前の勇気ある行動は賞賛に値する。お前がああしてくれなければ船ごとバラバラになって今頃全員宇宙の塵さ」
高志の心の中はパニックだった。どうしていいのか分からない。突如として目の前が闇に覆われ、おまけにジョフの話では地球への帰還も絶望的らしい。それよりなにより、自分が光を失ってしまい、どうやって芳江に超新星の爆発を伝えるのだ。
「……しばらく一人にしてくれ」
一人になり、暗闇の中で高志は独り考えた。芳江は生まれてからずっとこんな暗闇の中で生きてきたのだ。こんなにも不安でこんなにも寂しい世界で。こんな不安な気持ちも知らずに「君の目になる」なんてよく言えたものだ。それすらも借り物の言葉じゃないか。
もう超新星の爆発を見ることはできない。それどころかこのまま地球へ引き返すことになるだろう。NASAの規定では航行に重大な支障が生じた場合必ず引き返さねばならないことになっている。任務遂行と規則にうるさいジョフのことだ、必ずや引き返すだろう。例えそれが生きて帰れないと明白であったとしても引き返すだろう。
ゴンザレスが救護室に入ってくる。高志には誰が入ってきたか分からないが、目に包帯を巻いている高志に向かって「男前だな」などとジョークで話しかけたのですぐに分かった。
「ジョフがな、規則に従って引き返すらしい。もうどうせ生きて帰れないんだ、それなら超新星まで行こうって言ったんだが、ダメだった。この船の全権はヤツにあるからな」
女史も一緒だったようでゴンザレスの言葉に続ける。
「あいつは頭が堅いのよ、いつも規則規則、生まれた時にミルク代わりに規則を飲んで育ったのよ」
二人は高志のことを気遣ってるのだろう。ことのほか明るく振舞っていた。その心遣いに高志は笑顔で答えた。
「いいんだ。この目じゃあ超新星を見たって芳江には……」
言葉が続かなかった。
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あれから三日、順調に地球に向かって飛んでいるかのように見えたが、死神は忍び寄るようにシャトルを包んでいた。
「酸素が足りないわ」
女史がシミュレーション結果を中央モニタに表示しながら説明した。
「あの事故で船体に亀裂が入っていたみたい。循環器系統の亀裂から少しづつ酸素が漏れ出している」
もう生きて帰れないことは分かっていたが、現実にそれに直面した面々は鎮痛に押し黙ってしまった。
「もってあとどれくらいだ?」
ジョフが震える声で問いかける。ゴンザレスは祈りだした。高志は手探りでジョフの肩に手をかけ慰める素振りをした。
「1時間ね」
それを聞き、ジョフは通信機へと手をかけNASAとの交信を始めた。
「NASA、聞いてくれ。船体の重要な損傷によりあと1時間しかもたない。我々の家族を呼んでくれ」
しばらくするとNASAからの返答が帰ってきた。
「了解、映像通信が確立され次第再度連絡する」
それを受けてジョフはクルリと振り返り、高志らに言葉を伝えた。
「最後に家族にお別れをしよう。こんなことになってしまってキャプテンとしてすまないと思う」
突如としてゴンザレスが立ち上がり、ジョフに食ってかかった。
「頼む!超新星を見たことにしてくれ!俺はいい、けれども、TAKASHIは、YOSHIEは……頼む、超新星を見たことにしてTAKASHIに言葉を伝えさせてやってくれ!」
しかし、ジョフの言葉は冷たいものだった。
「ダメだ。虚偽の情報を通信に乗せるわけにはいかない。それは規則に反する」
しかしゴンザレスも引き下がらない。ジョフに掴みかからん勢いで反論した。
「情報ってほどのもんじゃないだろ。それにYOSHIEは目が見えないんだ」
ここまで言って言葉に詰まり高志の方を向く、高志は何の反応も見せない、ただ包帯を巻いた目で真っ直ぐと前を向いていた。そのままゴンザレスが続ける。
「皆で話をあわせればばれっこないんだ!頼むよ!」
しかしジョフは取り合わない。
「できない。通信の記録はいつまでも保存されるんだぞ。虚偽の情報が情報公開法に則って公開された時、また政府の陰謀などと言い出す輩が出てくるんだ」
「私からもお願いするわ」
女史が口を挟む。しかし、ジョフは首を縦には振らなかった。
「このやろー!」
ゴンザレスがジョフに殴りかかる。必死で女史が二人を引き剥がす。顔面を殴られたジョフは女史に抑えつけられているゴンザレスに向かってもう一度言い放った。
「規則なんだ!」
ゴンザレスは捨て台詞のように吐き捨てる。
「俺たちは宇宙飛行士だ。少年たちが夢見る宇宙飛行士だ。その宇宙飛行士が一人の女性の夢を叶えてやれないんだ!俺たちはもう死ぬんだぞ、最後くらい、最後くらい」
女史に救護室へと連れて行かれるゴンザレスの背中に向かってジョフはもう一度小さな声で言った。
「…規則なんだ」
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1時間してNASAから通信が入る。結局、ゴンザレスとジョフは険悪なまま最後の時を迎えた。高志は、失明したことだけは芳江に知られたくないと希望し、目の包帯を外した状態で通信に臨んだ。
中央モニタに長官の姿が不鮮明ながら映し出される。君たちはアメリカの、いや世界の英雄だとか言っていたが、そんな言葉船内の誰の耳にも届いていなかった。そして、芳江の姿が映し出される。しかし、高志にはその姿は見えなかった。
「オゥ、これがTAKASHIの愛しのYOSHIEか最高にキュートだ!」
ゴンザレスが高志に合図する。それを受けて高志はカメラに向かってニッコリと笑った。
「やあ、芳江」
少しタイムラグがあって芳江が答える。
「高志!?高志!?」
その声は既に泣き声だった。目の見えない高志にも芳江が泣いているであろうことは分かった。おそらくNASAの職員に生還の可能性がないことを聞いたのだろう。
ゴンザレスがそっと高志に耳打ちする。
「彼女は黒い服を着ているぞ」
それを受けて高志は
「その黒い服、似合ってるね」
と前置きして喋り始めた。
「芳江、すまない。帰れなくなったよ。でもな、見えなくても夜空を見上げてほしい。きっとそこには僕がいるから。僕は宇宙の塵となって煌いてるはずだから」
「高志…!」
芳江は泣きじゃくって言葉にならない。それでも高志はありったけの言葉を伝えようと続けた。
「あと、それと、君と約束した借り物ではない言葉を君に贈るために超新星を見るという話だけど……」
突如としてジョフが通信に割り込んできた。
「TAKASHI!見えたぞ!目的の超新星だ!見えるぞ!」
もちろん、船の目の前には何もない宇宙空間が広がっているだけだった。一瞬、ビックリした表情を見せたゴンザレスと女史だったが、すぐに調子を合わせた。
「あれが…!ワンダフル!」
「素晴らしいな!TAKASHI、早く彼女に伝えてやれよ!」
NASAではその通信内容にそんなはずはないと長官が声を上げそうになったが、そっと側にいた職員が口を塞いだ。
高志の光を失った瞳に自然と涙が溢れてくる。通信機からは芳江の声が流れてくる。
「高志、見えたの?どんな感じなの?」
溢れ出る涙をぬぐって高志は涙声を抑えながら必死に答えた。
「ああ、見えたよ、すごく綺麗だ。そしてありがとうと伝えたい。ジョフに、ゴンザレスに、ミッチェルに、そして夢を取り戻させてくれた芳江、君に…。ありがとう」
それは多分借り物の言葉だった。けれども、芳江が今まで聞いたどの言葉よりもずっと心に響く言葉だった。
「さようなら」
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人はその言葉にどれだけ思いを込められるだろうか。借り物だっていい、重要なのはその借り物の言葉にどれだけ思いを込められるか。高志の最後の「ありがとう」は芳江が初めてもらった心の言葉。借り物だけど心のこもった言葉、遠き宇宙、天からの落し物だったのだ。
「今日は星空が綺麗」
芳江は空を見上げて呟く。見えやしないけど芳江には分かるのだ。きっと今日も星空は綺麗だということが。
おわり
あ、そうそう、上司に頼まれておつかいにいったらウンコしたくなってマクドナルドで5000円落とした。手痛いわ。
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というわけで、8年目もNumeriを、patoをよろしくお願いします。 |