過酷な小児科医療の改善を要求−中原裁判
「少子化と経営効率のはざまで」と題した“遺書”を部長室の机の上に残し、小児科医中原利郎さんが1999年8月に過労自殺した。“遺書”には、「間もなく21世紀を迎えます。経済大国日本の首都で行われているあまりに貧弱な小児医療。不十分な人員と陳腐化した設備のもとで行われている、その名に値しない(その場しのぎの)救急・災害医療。この閉塞感の中で私には医師という職業を続けていく気力も体力もありません」(原文のまま)などと、小児科医療の窮状を切々と訴えていた。中原さんが命と引き換えに訴えた小児科医療の問題や医師の過重労働の改善を求め、妻のり子さんら遺族が闘ってきた訴訟に、あす10月22日、司法の判断が示される。(山田利和・尾崎文壽)
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医師の過労死裁判、控訴審始まる 中原さんは87年から立正佼成会附属佼成病院(東京都中野区)の小児科に勤務。小児科単独での二十四時間体制の宿直が導入された96年4月から、激務にさらされるようになった。従来は月3、4回だった宿直が、新しい体制になるとともに月4、5回に増えた。さらに、小児科の常勤医師のうち、中原さん以外の5人は女性で、出産や育児、介護などを抱えていたため、当直などの負担が中原さんに及んだ。
99年1月から4月にかけて、医師6人のうち3人が退職。退職者には部長も含まれていた。後任として中原さんが部長代行となり、医師の補充対策や小児科の経営問題などの責任を負うことになった。医師が減ったことで、同年3月には8回、4月には6回の宿直をこなさなければならなかった。中原さんの宿直回数は月平均5.7回で、一般の小児科医の平均の1.7倍に上り、帰宅後には極度の疲労から倒れ込むような状態だったという。
“遺書”には、「私のように四十路半ばの身には、月5−6回の当直勤務はこたえます。また、看護婦・事務職員を含めスタッフには、疲労蓄積の様子がみてとれ、これが“医療ミス”の原因になってはと、ハラハラ毎日の業務を遂行している状態です」などともしたためられていた。
こうした中、中原さんは、うつ病を発症し、同年8月16日、佼成病院の屋上から身を投げた。
のり子さんは2001年9月、「心身が極限の状態になるまで働いて亡くなった」として、新宿労働基準監督署に労災保険法による遺族補償給付を申請。しかし、03年3月、「業務上の事由によるものとは認められない」として、労災補償は不支給となった。同年5月、東京労働局に再審査請求したが棄却され、04年5月、全国を管轄する労働保険審査会に再審査を請求した。
訴訟については、02年12月に佼成病院を相手取り、「損害賠償請求訴訟(民事訴訟)」、04年12月には国を相手取り、「労災不認定取消訴訟(行政訴訟)」を起こした。民事訴訟では、中原さんに過重な労働を負わせた病院の「安全配慮義務違反」を、行政訴訟では、「月8回の当直は長時間勤務でも過重労働でもない」などとした労基署による決定の変更を求めた。
行政訴訟は07年3月14日に判決があり、東京地裁は「うつ病になる直前の99年3月には宿直が8回に増えて休日は2日しかなかった。後任の医師を確保できず、管理職として強いストレスが掛かっていた。病院での業務が精神疾患を発症させる危険性を内在していた」として、労基署の決定を取り消し、労災を認定。厚生労働省は控訴を断念した。
しかし、半月後の29日に同じ東京地裁であった民事訴訟の判決では一転、「宿直が8回に増えたとしても過酷ではなかった。業務が原因で、うつ病を発症する危険な状態だったとは言えない」などとして、のり子さんら原告の訴えを棄却した。
のり子さんらは翌4月、東京高裁に控訴し、中原さんの業務の過重性はもとより、労災が確定した事案についての病院の労務管理(安全配慮義務)の責任をあらためて問い掛けた。のり子さんは「勤務実態をつぶさに検討し、小児科医がどのような思いで日々の診察に当たっているのかに思いを巡らせ、厳正な裁判をしてほしい」と訴えてきた。
裁判の争点となっている医師の宿直勤務の過重性については、のり子さんが「小児科医師中原利郎先生の過労死認定を支援する会」(会長・守月理医師)の協力などを得て、全国の小児科医を対象に「宿直アンケート」を実施。結果を宿直勤務の負担や医師の心身への影響を示す証拠として裁判所に提出している。
アンケートでは、中原さんが平均で月5.7回の当直をしていたことについて、「自殺行為。自分にとっても、患者にとっても。責任ある仕事を続行することが不可能。まっとうな小児科医療体制なら、週に1回が最低限の安全確保レベルと感じる」(東京都・34歳)、「病院の当直というものは本来、入院患者の具合が悪くなった時のための要員。だから、別に外来(救急)担当の医師を置くべき。(業務の)兼任が多いことが問題」(同・70歳)、「肉体的・精神的にかなり負担。当直の次の日も(連続して)勤務が続くため、フラフラになる。命を削って当直をしている感じ」(千葉県・48歳)など多くの声が寄せられている。
「過労死弁護団全国連絡会議」(代表幹事・松丸正弁護士)が集約した「医師の過労死・過労自殺(労災認定・労災補償事例)」によると、07年11月までに22人の医師が過労で亡くなっている。このうち19人が働き盛りの20−40歳代で、診療科別では研修医4人、小児科医3人、外科医3人などとなっている。
更新:2008/10/21 16:09 キャリアブレイン
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