2008-07-15
■[漫画の話]アクション型からRPG型へと変わっていくジャンプ漫画
週刊少年漫画の話をします。といっても、俺が雑誌レベルで語れるのはせいぜい80年代の黄金期から衰退して、現在に至るジャンプぐらいなので、ほぼジャンプの話をします。
- ジャンプの売上げの話
まず、ここ数年のジャンプの売上げを見ていきましょう。
こうして見ると、売上げは確実に下がっています。『ドラゴンボール』や『SLAM DUNK』が終わり、売上げが愕然と落ちた一時の暗黒期と較べてもさらに100万部も落ちています。
では何故、ここまで売上げが落ちたのか。
評論家の竹熊健太郎氏は自身のblogにて売れなくなった理由についてこのように述べています。
俺の持論を書きますが、ゲームやケータイはともかく、売り上げ減少の責任をブックオフやマンガ喫茶に押しつけるのはバカげた議論です。ブックオフやマンガ喫茶の台頭を許したものは、80年代から顕著になったマンガの長期連載化です。いつまで経っても主人公が試合していて、ほとんどそれだけで40巻も50巻も単行本が出続けるという現状は、狂っています。これではマンガが売れなくなるのは当たり前です。
しかし、上で紹介した数字を見る限り、一時期のジャンプは、後に長期連載する作品を多く抱えつつも、売上げを順調に伸ばしていました。
では、何故、当時のジャンプは、売上げが伸びたのか。
その理由を黄金期の代表作『ドラゴンボール』から考えてみましょう。
- 『ドラゴンボール』の構造
『ドラゴンボール』の話をすると、よく出てくる話題に、「『ドラゴンボール』はどこで終わらせるのがベストだったか?」というものがあります。
しようと思えば、いくらでも物語を延長できる連載形式の作品において、この手の議論はよくされるものですが、こうした議論は80年代後半のジャンプ作品について、特に顕著です。
何故か? 当時の主人公達には目指す目標が存在しなかったからです。
特に『ドラゴンボール』で主人公の孫悟空は「オラもっと強い奴と戦いてえ」みたいなことを良く口にします。何故戦いたいかというと、強くなりたいからで、何故強くなりたいかというと、もっと強い奴と戦いからです。手段と目的が完全に一致しています。
その結果、宇宙最強の戦士フリーザを倒した後も連載は続けられ、それ以上に強い人工生命体や魔人が登場し、それらの敵と主人公達は戦う羽目になります。
こうした構造は続けようとすれば、半永久的に連載を続けられるので、人気作品をいつまでも続けて欲しい編集側にとってはありがたいのですが、その反面物語のマンネリ化と表現のインフレという二つの壁に突き当たり、終わり時を逃してしまう為、ジャンプ黄金期の作品は、終盤に物語の勢いが衰えてしまった作品が多く見受けられます。
かくしてファンは「あそこで終わっていればなあ……」とめいめいぼやくのですが*1、この手法には大きなメリットが一つあります。
それは新規読者の獲得がしやすいというところです。
ここで『ドラゴンボール』に話を戻しましょう。『ドラゴンボール』という作品の特徴の一つとして、物語における因縁というものが存在しないということが言えます。
それが顕著に現われるのは、物語の中盤、主人公の孫悟空が実は宇宙人であったことが判明し、彼には兄が存在する事も明かされたところでしょう。
孫悟空が宇宙人であったことも唐突でしたが、それ以上に注目したいのが、主人公の兄ラディッツの位置づけです。
主人公の兄ラディッツはかなりの強敵で、当時の最強キャラであった孫悟空とライバルであったピッコロが二人がかりで戦い、悟空が犠牲になることで、ようやく勝てる相手でした。
しかし、その戦闘で死んだラディッツは、その後『ドラゴンボール』という作品には一切関わってきません。登場した直後の印象は強烈で、息子の孫悟飯以外では、唯一の生存する主人公の肉親という重要な立場でありながら、物語全体の中でたった2巻しか登場しないのです。
このように、『ドラゴンボール』という作品はキャラクターの関係性や来歴を利用した物語性を放棄し、金太郎飴のようにいつ読んでも同じ事をやってるという印象がありました。
この印象は、作品にとってはマイナスのように思えますが、物語の全体における因縁や伏線という要素を失わせる事で、新規読者がいつからでも読み始めることが可能になったのです。
このキャラクターの来歴に無頓着という点は、『ドラゴンボール』だけに限りませんが、その中でも顕著あったのは『魁!男塾』の主人公剣桃太郎でしょう。彼は主人公でありながら、具体的な来歴が明かされることがほとんど無く、世界に使い手が3人しかいないような奥義を頻繁に披露するくせに、どこでそれを学んだかについては一切書かれません。
かくして、『ドラゴンボール』という作品の大枠は知っていても、初めの孫悟空の頭身が低かった頃を実は読んでないという人がしばしば見られるのはこの構造、初めの話を知らなくても物語を追っていけるという点に起因していると思われます。
黄金期と言われるジャンプはこのような金太郎飴的構造を持った、いつでも読み始められる物語を、複数連載させることで、常時新規読者層を獲得する事が可能でした。
この構造は、一つのステージをクリアしても、難易度が変わっただけで、結局同じ事を延々と続けるアクションゲームにも似た構造と言うことが出来ると思われます。
そうした中で、『ドラゴンボール』が未だ評価が衰えず傑作であると言われるのは、同じ事を延々と書き続けても、読者を充分楽しませる事の出来た、鳥山明のエンターテイナーとしての腕前が大きいでしょう。
- 暗黒期における物語性の回復
当時このような金太郎飴的構造が多かったのは、当時のジャンプで連載を維持する事の困難が大きいでしょう。ジャンプという雑誌は、定期的に新連載作品を加え、人気が少ない作品は即打ち切ることによって、作品の競合状態を維持させる制度(以下、「ジャンプシステム」)を確立し、これによって数々の人気作品を多数生みました。
が、その負の側面として、人気作品以上に多くの打ち切り作品を生み続けていました。若手作家の作品は勿論ですが、特に黄金期終盤では、一時のジャンプを支えた、原哲夫『猛き龍星』、北条司『RUSH!!』、宮下あきら『BAKUDAN』などの大御所の作品も情け容赦なく打ち切られました。
また、時期は少し異なりますが、車田正美の『男坂』は作者に壮大な構想があったにもかかわらず、即打ち切られました。最終回の未完のくだりはネット上ではギャグやパロディネタの一つとして見られることがありますが、これはジャンプにおいて長期的な構想を持った物語を書くことの難しさを表しているという点で重要だと思われます。
このように、ジャンプ漫画では最初に人気が取れないと、そのまま打ち切られる可能性があるので、当時のジャンプには新連載でもある程度人気を獲得できるようにする為に、今でも通用する二つのテンプレートが出来上がりました。
1.一見パンピーなんだけど、実は凄い伝説の持ち主。
行き倒れ率高し。たまたま出くわした心優しい村人が面倒を見てくれる。
面倒を見てくれた人を後で助ける事になる。
2.一見ヘボい人なんだけど、実は凄い才能の持ち主。
最初のヘボい時期は、才能に気づいたその道の達人が面倒を見てくれる。
面倒を見てくれた人は後にライバルになる。
ところが、90年代後半にジャンプは人気作品の複数が近い時期に最終回を迎えた結果、売上げが一気に減少する大事態に陥ります。
これは過酷なスケジュールを課した結果、ベテランがジャンプから離れていった事や、「ジャンプシステム」を維持する為に、必要な新人が不足したことなど、様々な要因があると思われます。そして、この結果、ジャンプは打ち切りの過酷さが和らげられました。無論、新連載が容赦なく打ち切られることはなくなりませんでしたが、ある程度、読者を獲得した作品は、目先の人気取りに走らず、腰を据えて作品に臨むことが出来るようになったのです。
そして、もう一つ大きいのが人気の作品でも終わらせたい時に、終わりを書けるようになったことです。これは『SLAM DUNK』が、人気がピークにありながらも、作品を終わらせたのが大きかったのでしょう。
ちなみに『SLAM DUNK』を終わらせる際に井上雄彦が主張したのは「そちらは人気が無ければ作品を勝手に終わらせるのだから、こちらも人気があるのならば、作品を堂々と終わらせる権利があるはずだ」というものでした。
これが一般化したのか、作者は作品を自らの意思で終わらせられるようになり、そこそこ中堅で活躍した漫画には、打ち切りが決まってからも、すぐに終了するのではなく一定の猶予が与えられ、場合によっては赤マルジャンプで最終回を描けるようにもなりました。
ここで、当時の看板漫画であり、物語性の高かった作品として、『るろうに剣心』と『封神演義』の二つを挙げましょう。
前者は主人公に人斬りだった過去と頬の十字傷という特徴、そして罪の贖罪というテーマを与え、物語終盤の「人誅編」でそれらの全てが消化された後は、速やかに最終回を迎えました*3。
また、後者は元々原作がある作品であり、原作に沿って話を進めつつも、作品の初期の内から物語における独自のラスボスを設定し、オリジナル要素を多々加えながら、ラスボスを倒した後は、これまた速やかに最終回を迎えました。
この二つの作品は綺麗に終わったと考えて、良いでしょう*4。
これは暗黒期における一つの収穫だったと思われます。
先ほど同様ゲームに例えるならば、延々と強くなる敵を倒していくのではなく、ストーリーを消化して、破綻無く終わりを迎えられる状況*5は週刊少年漫画のRPG化と言えるでしょう。
- 現在のジャンプが抱える問題
ここで、ジャンプの現状の話をします。
現在ジャンプで連載している人気作品、コミックスの巻数と雑誌における作品の「立ち位置」、メディア展開から類推するに『ONE PIECE』『NARUTO』『BLEACH』の3つが看板漫画と考えて良いと思われます。
これらのコミックスの現在の巻数を数えてみると、上から順に50、42、34となっています。
ジャンプ黄金期の終盤で三本柱と認識されていた『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』『幽☆遊☆白書』のコミックス巻数。42、31、19と較べると、一番巻数が少ない『BLEACH』ですら、『SLAM DUNK』以上の巻数になっていることがわかります。
そして、ただ単に巻数が増えただけではなく、それ以上に問題なのが、現在の3つの看板漫画が、既に物語性を獲得してしまったことでしょう。これらの作品は金太郎飴的構造の作品とは異なり、まだ作中で明かされてない謎や、これまでの積み重ねによるキャラクターの行動原理などが多く見受けられます。
また『るろうに剣心』、『封神演義』がそれぞれ28巻、23巻で終わり、物語中盤でも新規読者がどうにか追いつけそうな感じだったのに対し、今の看板漫画は巻数が増えすぎています。
初期から多くの伏線を張っているこれらの漫画を、何の予備知識も無い人が、ジャンプでいきなり目にして面白がれるかどうかは疑問ですし、改めて1巻から読めというのも中々難しい話ではないでしょうか。
これは容量が増えたために、RPGのストーリーが長大化したことにも酷似しています。RPGはその長大化したシナリオの為、時間がかかり過ぎるという理由でプレイ人数が相対的に減っていきました。そして、今のジャンプもこのままでは衰退の一途を辿るばかりになるかもしれません。
ただ、数十巻かけなければ描けない物語も絶対あるはずなので、あまりに続きそうな作品は、早めに終わらせてしまおうというのも間違ったやり方だと思われます。
では、どうすべきか。そこで一案を考えてみました。
- 長期連載枠の可能性
ここはもう開き直って、普通の連載枠とは別の長期連載漫画枠を作ってみるのはどうでしょうか。例えば30巻以上続いた作品は雑誌1冊につき、3作までしか認めないという方針という具合にします。
無論、それだけ続いた漫画はある程度は人気があるでしょうから、簡単に打ち切るわけにはいかないでしょう。そこで、長期連載枠に入れなかった作品は、同レーベルの別雑誌に送ってみます。週刊少年ジャンプなら、ジャンプSQ辺りに。そもそもコミックス30巻というと、連載期間にして約6年間です。それだけの期間続けていれば、最初から雑誌で読んでいた人も、必然的に、想定している読者層の年齢とは離れていくでしょう。そのような作品が一つや二つなら問題ないでしょうが、それらの作品が一定数以上あると、本来の読者層との乖離が激しいものにになってきます。
このような雑誌移籍を適用したのが現在ウルトラジャンプで連載している『スティール・ボール・ラン』であり、長期連載とは少し異なりますが、長年ジャンプで活躍していた森田まさのりによる現在ヤングジャンプで連載中の、『べしゃり暮らし』ではないでしょうか。
また、週刊少年マガジンでも『コータローまかりとおる!』や『Dreams』といった長期連載の作品が週刊誌から月刊誌に移行していったケースが見受けられます。
この手法を取り入れられれば、人気作品を打ち切らずに、必然的に新しい作品枠が設けられると同時に、別雑誌の方も活性化できるのではないでしょうか。無論、実際には色々大人の都合が絡んで、実行には移しづらいでしょうが。
- まとめ
昔から巻数が多い漫画はありました。しかし、作品の構造が変わったことによって、新規読者を獲得する事が難しくなったという事でしょう。
もっともこれが週刊少年誌全体に言えるかというと、そんなことはなくて、サンデーなんかは昔からある程度、長期連載に対応した紙面作りを意識しています。ジャンプ漫画における高校球児たちが甲子園で優勝できず、あだち充の作品の主人公が何度も甲子園で優勝できるのは、連載方針の違いといって良いでしょう。
ただ、ジャンプにおいて、作者が打ち切りの不安におびえることなく、大きな物語を描ける様になったのは、クリエイターやファンにとっては喜ばしいことだと素直に思います。
そうした雑誌の路線変更が、結果として売上げの減少を招く一因になったのは皮肉なことでしょうが。
週刊連載というハードスケジュールを、長年続けるというのは作者にとって負担が積み重なっていくはずであり、そうした際に何らかの避難場所は必要になってくるはずですし、そうして上が空くことで、若い作家にもより活躍の場が与えられるのではないでしょうか。
もし、そんな手段が実現したら、『サムライうさぎ』も打ち切られなくて済んだのになぁ…………。無理にバトル路線に変更することもなかったのになぁ…………。
次があれば、『リボーン』は旧来のジャンプの手法に近い作り方をしていることや、『CITY HUNTER』と『銀魂』の構造は一見さん向けだよとかって話を書きます。多分書かないけど。
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