Timur Kuran, "Now out of Never : The element of Surprise in the East European Revolutions of 1989" , World Politics, October 1991
1997年6月2日
951180上野啓介
構成
T.United in Amazement
東欧の共産主義体制の崩壊がいかに予期されなかったか
U.Received Theories of Revolution and Their Predictive Weaknesses
革命に関するこれまでの理論とその弱点
V.Preference Falsification and Revolutionary Bandwagons
革命(的変動)の起こるプロセスのモデル説明
W.East European Communism and the Wellspring of Its Stability
東欧の共産主義国家体制の強固さについて(何故、今まで革命が起きなかったか)
X.The Revolution
共産主義体制の崩壊過程(実際に革命が起きたきっかけ)
Y.The predictability of Unpredictability
革命に対する理論の特質
T.United in Amazement
西欧において強固なものと思われていた東欧の共産主義体制の崩壊は驚きをもって迎えられた、Havelによると体制は決して強固なものではないが、いつ崩壊するかは予測できなかった
U.Received Theories of Revolution and Their Predictive Weakness
合理的選択に基づく主意主義的理論は革命の希少さのみを説明するにとどまった
構造的理論もなぜ急激に、また連鎖的に革命が起きたかは説明できなった
経済的不満が革命をもたらすという理論も、政治的に安定したところにも経済的不満は存在するという理由から、何の説明にも、予測にもなっていない
V.Preference Falsification and Revolutionary Bandwagons
集団反乱は集合的な不満によってではなく、変革を求める運動に参加するか否かの個人の選択によっておこる。政治体制に対する意見をprivate preferenceとpublic preference
とに分けて考える。前者は(本人の意思にかかわらず)ほとんど固定的な変数、後者は個人のコントロール下にある変数。
各個人は、internal payoffとexternal payoffを考慮して、反乱に参加するか否かを決定する。その際重要なのは、まわりの人間がどれだけ革命に参加する意志を表明しているかであり、private preferenceとpublic preferenceは必ずしも一致しない。そうしたときその個人はpreference falsificationの状態にあるという。
*external payoff :反乱が成功する、失敗する際の自分の身に降りかかる損得の勘定
* internal payoff :preference falsificationの状態に自身が耐えうるかという心理学的
概念
[モデル]
S:(the size of public opposition)何パーセントの人が公に反対を表明しているか
(国家レベルの変数)
x: public preference
T: (Revolutionary threshold)何パーセントの人が反乱に参加する意志を表明したときに
自分も反乱に参加するか(各個人の変数)
* public preferenceはxとSによって決定し、そのpublic preferenceが決定的に変化
する点がT(行動の選択肢が連続的でないから)
TS: (Threshold Sequence)各個人のTを並べたもの
10人からなる国家を想定
A={0,20,20,30,40,50,60,70,80,100}
この時Sの均衡点は10
A'={0,10,20,30,40,50,60,70,80,100}
Aに比べると2人目のTが20から10になっただけ
結果としてSの均衡点は90になる
* 一人の個人のわずかなTの変化がrevolutionary bandwagonを引き起こし、反乱の
大きな成長をもたらす
B={0,20,30,30,40,50,60,70,80,100}
Aと比して、3人目のTが20から30になっただけ、Sの均衡点は10
B'={0,10,30,30,40,50,60,70,80,100}
Bと比して、(AからA'の時同様)、2人目のTが20から10に変化
Sの均衡点は10のまま、BはAに比して格段に安定な物であることがわかる
*他のTSにおいて大きな結果をもたらした変化が起きても同じ結果が起きるとは
いえない
* またTなどは観察できるものでないため、何が大きな変動をもたらしたかは結局
わからず、また社会は革命がおこるその時までも何が革命をもたらしたかわからない
(pluralistic ignorance)
* 不景気、他の社会との接触、世代交代などによってTSは変化する
→何が理由であろうと、些細な変化が革命をもたらすことがある
C={0,20,20,20,20,20,20,,60,100}
構成員のTの平均は30=ほとんどの人が反抗者に共感を抱いている
しかしSの均衡点は10
Tが20の七人のうち一人のTが10になったら革命は爆発的に進行
=AよりCの方が不安定なTSである
A'におけるTの平均値は46であるが、実際に革命が進行しているのはCではなくA'
→集合的な不平(の平均)よりも(構造的議論はこちらを重視)、
不平の分布を考察しなければならない
D={0,30,30,30,30,30,30,30,30,100}
構造的な衝撃による構成員のTの低下を考えると、
D={0,20,20,20,20,20,20,20,20,100}
となるが(この時S=10のまま)、一人の構成員のTが10になったとき、はじめて革命は
爆発的に進行する
→構造的な議論はKuranの議論の一部であると考えることができる
A'のTSにおいて9人目の構成員は実際には3人目の構成員などに比べて旧体制に満足していたが、Sが80になった段階で、革命に参加することによって旧体制に満足していたことを見落としてしまいがちなため、革命後の観察者にとって旧体制は(革命前の)現実以上に支持者が少なかったように思われがちである
→革命後には実際にTSがA'だったのかC'だったのかはわからない
このモデルは個人がpowerless であり同時に潜在的にはpowerfulであることを示している
powerless:革命には多数の動員が必要
powerful: ある適切な状況においては個人の行動が革命を動かす(認識不能であるが)
W.East European Communism and the Wellsprings of Its Stability
「科学的社会主義」を約束とした東欧における社会主義も、その目標としたものをほとんど実現できなかった、共産主義国家体制の言説とその成果の乖離から現体制に対する反対の起こる可能性は十分理解できる
↓しかし、そのような運動は1989以前には大規模なものとならなかった、何故か?
国家による抑圧もあったが、真に重要なのはpreference falsification
Havelによる青物商の例
労働者の連帯をよびかけるスローガンをショーウインドウに掲げるのは、真にそれを信じているわけではなく、「習慣的に・みんながするから・また、それはそうなるべきものだから」に過ぎない。真に考えていることを青物商がショーウインドウに掲げたら、反乱はもっとはやくおきていたかもしれない
社会の構成員は内面では体制への不満を持っていたが表向きは体制への服従をあらわしていた= preference falsification
→Havelによると闘争の境界線は、共産党と民衆にあるのではなく、民衆の内面の不満と外面の服従の間にあった
そうなった原因には周りがいかに体制に不満を持っているかの正確な知識が知らされていなかったことによる
* 統治者は昔からpreference falsificationの重要性を認識していたため、本当のことを民衆に知らせない(言論統制)の一方、民衆が本当に考えていることを探ろうとした
東欧の共産主義体制が1989以前まで存続した安定性の源泉はpublic falsificationによる
X.The Revolution
ここまでの議論から、
1. 東欧の体制は構成員の従属と服従によってそう見られていた状態より傷つきやすい
2. 体制に対する支持があったとしても、それは弱いもの
であったことがわかる
では何が実際に革命を促すことになったか?
80年代半ばからゴルバチョフはperestroikaとglasnostを提唱し改革を行おうとした、多くの人はそれは保守派に対する挑戦者であるとして支持を得られず失敗に終わると推測した、また並行してポーランドはモスクワからの自由がどれほどかを試し始めた(ワルシャワ条約機構の6カ国が共産主義を捨てようとしたならばソビエトがただ傍観しているかどうかは全く不明だった)
実際にはゴルバチョフの改革は成功したが、それはゴルバチョフの意図した以上の結果をもたらした、前節で述べたようにprivate preferenceにおいては共産主義に対する不満が高まっていたことに加えglasnostのために大衆のRTが低下したため
直接のきっかけをつかむことはできないがいくつかのターニングポイントが考えられる
1. ホーネッカーのデモ隊に対し発砲する旨支持した時、それがなされなかったこと
2. 連帯の選挙での大勝に対し、ソビエトは東欧諸国に対する干渉するべき立場にいない、とゴルバチョフが述べたこと
これらによって結局大衆のRTが低下し、またそれによる革命の成功をみた近隣国においてもRTがさらに低下し、連鎖的に革命がおこった
モデルにおいて各個人を同等の条件としてあつかったが、実際には構成員によって影響の大小に相違がある、しかしそうしたことを考慮しても捨象しても革命の進行形態の説明の差異はない
Y.The Predictability of Unpredictability
Kuranの議論は、革命の危険信号を発見することがむずかしいこと、さらにprivate preferencesやRTが観測できないものであることから、隠れたbandwagonが見えないものであり、起きたことのうち、革命に作用した重要度を理解することができないこと、を述べている
(対し、歴史家は根底要因については記述できたが、革命の契機についてはできず)
今回予期できなかったことは、初めての社会的体制変動であったとするのは誤り
↑フランス革命など大規模な社会変動は経験してきた
嵐が予期できないのが雲が物理法則に従わないからというわけではないのと同様、革命の予期ができないのは人間の不合理性によるものということは決してない
Dunnは革命の分析には非常に多くの変数が存在することを予測の困難さに結びつける、Kuranはこれは認めるが、「いつ、どこで」次の反乱を予期することができないものの、このモデルでは「なぜ革命が驚きとともに迎え入れられるか」を説明できている
*どこまでが理論の限界であるかをはっきりさせるのも学問に対する貢献である
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