風知草

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風知草:実は、世襲は減っている=専門編集委員・山田孝男

 小泉純一郎の「親バカ」引退宣言で世襲議員は増えつつあると見られがちだが、政治学者の成田憲彦(62)によれば、現実は逆だ。麻生内閣は首相自身と閣僚の半数以上が世襲だが、それは2、3世が大量当選した中選挙区時代の残照に過ぎないという。小選挙区制導入で世襲は減っており、どうやら11月30日らしい次期総選挙でさらに減るというのだ。

 成田が国会議員の出自と学歴を調べて「大学ランキング2009年版」(朝日新聞出版)に寄稿したリポートの中に面白いデータがある。2世と3世は衆院の自民党に集中し、それも若いほど少なく、古参ほど多いというのである。

 大づかみに言って、若手(当選1~3回)の間では2、3世は5人に1人。それが中堅(4~6回)で3人に1人、ベテラン(7~9回)では2人に1人と増え、当選10回以上の古参組になると、実に5人中4人までが世襲だという。

 「世襲内閣は中選挙区時代の残照」という成田説は、安倍晋三と福田康夫の経歴を見ればよくわかる。安倍は93年、福田は90年が初当選。衆院選は93年まで中選挙区制で実施された。2人は最後の2回の中選挙区選挙で政界入りした。

 「当時は議員の個人後援会に依存する自民党選挙の全盛時代。議席を守るためには世襲が手っ取り早かった。あのころまでに初当選した2世、3世が首相や閣僚になり始めたのが今の時期なんですよ」

 そう語る成田は国立国会図書館調査立法考査局の元政治議会課長。93年、非自民連立・細川政権の首相秘書官になり、細川退陣後は駿河台大学(埼玉県飯能市)教授に転じた。専門は現代日本政治分析。昨年から学長を務めている。

 議員世襲は、長期的には解消へ向かう。なぜか。

 「民主党という対抗勢力が生まれたからですよ。小選挙区選挙が初めて実施された96年以後に結成(98年)され、世襲ではない人材を集めて発展した。自民党も対抗上、候補者公募を多用し始めています」

 と成田。なるほど--。次期衆院選の勝敗にかかわらず、民主党の進出とこれに対抗した小泉劇場の成功により、日本の政治風土は既に大きく変質したと見るべきなのだ。

 政治改革恐るべし。小選挙区効果で中選挙区制とそこから生じる派閥政治は壊れた。同時に派閥の良い面も失われた。派閥というルツボの中で同志と競い、時に入閣して政策立案、官僚操縦、国会対策を学ぶ。そういう教育訓練機能まで壊れてしまった。残る課題は世襲解消より人材養成ではないか。

 自民党総裁の条件は三つあったと成田は言う。「衆院当選10回以上」「派閥の長」「党三役と重要閣僚(財務相と外相)経験者」だ。安倍は当選5回、福田は6回。ともに派閥の長ではなく、閣僚は官房長官だけ。経験不足だった。

 微妙なのが麻生太郎だ。安倍、福田と同じ世襲議員だが、当選9回。小なりといえども麻生派20人を率い、幹事長、政調会長、外相、総務相、経済財政担当相、経企庁長官をやって成田3原則に肉薄している。

 別格が小沢一郎である。これまた2世なれど当選13回。百戦錬磨の豪傑だが、今は野党のトップにとどまる。乱世の訓練は実戦にあり。世界金融危機と総選挙への対応を競いながら、おのずと人材が選別されていく局面だろう。(敬称略)(毎週月曜日掲載)

毎日新聞 2008年10月20日 東京朝刊

 

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