今、平和を語る

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今、平和を語る:作家・ジャーナリスト、辺見庸さん

 ◇「偽平和」の陰にうごめく戦争

 芥川賞作家は新聞協会賞の受賞者としても知られる。自他共に認める抗暴のジャーナリスト、辺見庸さん(64)は偽善を看破して、権力の有り様を鋭く論難してきた。戦争はつとに始まっている、と指摘する辺見さんに、「この国の偽平和」を論じてもらった。<聞き手・広岩近広>

 ◇憲法の危機を認識し9条を盾に闘おう

 ◇日米同盟で米に盲従する平和主義は、まやかし。今、戦争のプロセスは着実に進められている。1929年からの世界大恐慌を米は戦争で脱出した。政治権力と融合するメディアは恥を知るべし。

 --言語学の世界的泰斗として名高いノーム・チョムスキー氏は、米国によるアフガニスタンやイラクの侵攻を強権行使だと自国を厳しく批判していますが、2002年に辺見さんがインタビューした折、日本についても難じたそうですね。

 辺見 自分で気づいていたことでも、チョムスキー氏からあからさまに指摘されると、むっとしつつも、たじろいでしまいました。痛烈に言われた一つは憲法、とりわけ9条です。日本は平和憲法を錦の御旗(みはた)として、いわば平和のシンボルとしてきたので、日本は平和主義だと思っているだろうが、それはまやかしだと、きわめつきで指摘されました。

 --その真意は。

 辺見 日本は50年にもわたって、アメリカがアジア地域でやってきた戦争に貢献してきたではないかと。米兵の遺体を入れる袋まで、日本はあらゆるものを作ってもうけた。朝鮮戦争とベトナム戦争があったので、日本は繁栄したにすぎないとね。悪い意味での繁栄ですよ、もちろん。「戦争に群がったハゲタカみたいなものだ」とまで言われました。戦後の日本が米国の戦略的枠組みの中でしてきたことは、確かにチョムスキー氏の言うとおり、平和憲法の破壊なのです。

 --まやかしの平和主義を批判された他には何か。

 辺見 もう一つは、日本の戦後は日米同盟を主軸にして、大きな意味で日本という国の価値システムができていると思うのですが、そこを彼は突いてきました。我々が評価してきたアメリカ、たとえば民主主義もそうですが、それは違う、幻想にすぎないのだと、彼は断じたのです。

 --少し補足を。

 辺見 アメリカは他国に干渉する際、手前勝手な合理的口実を常に持っている、そういう国です。イラクやアフガンの侵攻でも、彼らを民主主義や人権の敵としてとらえる。あるいは市場経済とか、市場原理に対する敵だとみなす。そういう干渉の権利が最初からアメリカに付与されたものでしょうか。ちがいますよね。なのに日本は日米同盟を組んで以来、それに付き従ってきた。チョムスキー氏に指摘されるまでもなく、そのことが今、問われています。

 --辺見さんは「記憶と沈黙」(毎日新聞社)に、「日本の戦争構造が日々穏やかに立ち上がっている」と書かれています。その点を解説していただけますか。

 辺見 戦争状態ということであれば、朝起きて雨戸を開けたら戦争だったということはない。どのような歴史にもありません。戦争はプロセスなのです。

 たとえば03年に成立した有事関連三法は、私は本質的に憲法を否定していると思いますが、ある日突然気がついたらできていたのではない。少なくとも77年に、当時の福田赳夫内閣が公式に有事法制の研究を始めている。それからほぼ四半世紀を経ての有事関連三法ですから、四半世紀をかけた長期プロセスだったともいえるでしょう。

 90年代に入ったら、もうやりたい放題になってきた。第1次湾岸戦争ではペルシャ湾に自衛隊の掃海艇を出動させた。それからはアメリカと密約でもあるかのように次々と法律を成立させていく。99年の周辺事態法、同時多発テロ後はテロ対策特措法、02年にイージス艦をインド洋に出動させ、そして有事関連三法に至る。さらには今論議されている、インド洋での給油活動に特化した新テロ対策特措法です。こうしてみると、戦争のプロセスは着実に進められている。そうしたことにマスメディアや国民が気づいていないだけなのです。

 --まさに偽平和に安住していると。

 辺見 そこで危惧(きぐ)しているのが、世界金融危機に対するアメリカの出方です。アメリカの大手金融機関が破綻(はたん)して世界の株が暴落しましたが、これは29年に始まった世界大恐慌より深刻になるのではないかと専門家はみている。なかには産業革命以来だという、アメリカの経済学者も出てきた。私が言いたいのは、あの世界大恐慌のときアメリカの不況は何年も続いたが、どうやってその危機を脱したかということです。

 戦争をやったのです。

 今、アメリカという没落しつつある国家が、無意識のうちに、潜在的に、強く期待しているのは何だと思いますか。やはり戦争でしょう。日本も、そのことをうすうす気がついていると思います。そんな状況下で、いわばアメリカという泥舟が沈みそうになっているとき、日米同盟を強化すると聞くと、あぜんとしますね。でも10年前に比べると、戦争のプロセスを積み重ねてきた結果、今はあらゆるコースが整っている。平和憲法があっても、自衛隊を海外に出しているじゃないですか。

 --その平和憲法について、お聞かせください。

 辺見 憲法9条は実質的に破壊されているでしょうが、では破棄していいかというと、断じてそうは思わない、やはり守りたい。9条の原則をどう実践するか、活用し、盾に取って、一生懸命に闘うべきでしょう。そのためには憲法がさらされている現実に、もっと気づかねばならない。

 --メディアの役割は。

 辺見 政治権力がメディア化している、いやメディアが権力化して、二つが融合している、とんでもない状況にあるのではないですか。劇場型政治などと平気で言うけれど、メディアがつくりだしたのですよ。永田町のインチキや出来レースを支えてあげているのが、マスメディアだと思いますね。マスコミではなく政府広報にすぎません。

 --いかにすべきですか。

 辺見 個々人の記者が、我がこととして恥じ入る、そこから始めることでしょう。(専門編集委員)<次回は11月17日に掲載予定>

 ◇辺見さんが25日に講演

 25日午後6時半から大阪市天王寺区上汐5のクレオ大阪中央で。演題は「痛み、あるいは狂気について--“彼”は狂っているか。私たちは正気か(秋葉原事件を念頭に)附・大恐慌時代に臨む『個』の視座」。入場料は前売り1000円、当日1300円。問い合わせは那須麻千子さん(電話090・9869・3085)。

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 ■人物略歴

 ◇へんみ・よう

 1944年宮城県生まれ。早稲田大学文学部卒業。70年に共同通信社に入社、北京特派員、ハノイ支局長、編集委員などを経て96年に退社。中国報道で78年に日本新聞協会賞、91年に「自動起床装置」で芥川賞、94年に「もの食う人びと」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。脳出血の後遺症、がんと闘いながら執筆を続けている。近著に「たんば色の覚書」(毎日新聞社)。

毎日新聞 2008年10月20日 大阪夕刊

今、平和を語る アーカイブ

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6月30日俳人・金子兜太さん
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3月31日児童文学作家・高木敏子さん
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2月4日小説家、劇作家 井上ひさしさん
11月26日平和学者、ヨハン・ガルトゥングさん
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