佐賀県で、司法解剖医不在の状態が10カ月続いている。県内ただ1人の解剖医だった佐賀大学法医学教室の教授が昨年末に退職、後任の補充ができていない。全国でも愛媛県と2県だけの異常事態で、捜査の現場には不安感も漂う。同県警は「何とか年内に空白を解消したい」とするが、全国的な医師不足の中、解剖医は特に人材が乏しく、佐賀県特有の事情も足かせになっている。 (佐賀総局・小川祥平)
■講演中止を依頼
佐賀県では昨年まで、佐賀大法医学教室の教授だった木林和彦氏が1人で司法解剖医を務めてきた。木林氏が昨年末で佐賀大を退職、東京女子医大に移ってからは、同県警は変死体が見つかるたびに県外に搬送し、九州大、福岡大、久留米大、長崎大に、司法解剖の実施を依頼している。
全国的に通常は、教授交代で空白期間ができても、前任者などが解剖を引き受けるといい、解剖医が県内にいなくなるのは異例。佐賀県警幹部は「解剖医に現場に立ち会ってもらえれば、死因の特定も円滑に進むが、今の佐賀では、それはできない相談だ」と険しい表情を浮かべる。
7月に県内で無理心中とみられる事件が発生、子ども2人の変死体が見つかった。捜査員が現場から携帯電話で九大など4大学に解剖を依頼したが、別の解剖や出張などですべて断られた。遺体を冷蔵保存する方法もあったが、県警は「一刻も早く子どもの死因を特定する必要がある」と、九大の担当医師に講演をキャンセルしてもらった。
■全国で年15万体
警察庁の昨年のまとめでは、変死体は全国で約15万5000体に上り、年々増加傾向。佐賀県も昨年、1005体の変死体があり45体を解剖した。ただ、解剖される変死体は全体の3.8%にとどまり、日本法医学会は「欧米と比べ著しく低い。重大な死因を単なる病死としてしまう可能性もある」と警鐘を鳴らす。
人材不足が問題となっている医師の中で、解剖医は人気がない分野。国立大の独立行政法人化も解剖医不足に拍車を掛ける。大学は経営上のメリットが薄い司法解剖の要員を削減する傾向が強いとされ、日本法医学会は「将来を不安視した若い人材の法医学離れが進んでいる」と危惧(きぐ)する。
■唯一の2人体制
こうした全国的な傾向に、佐賀特有の事情もある。一般に大学の法医学教室は教授や助教など3‐5人で運営するが、佐賀大は1980年の開設以来、全国で唯一の2人体制。佐賀大の木林氏は4代目教授だったが、同時期に開設した宮崎大と大分大はまだ2代目教授で、佐賀大の教授交代の早さは際立っている。
「佐賀大は規模が小さいこともあり、自分の研究すらできない負担が、法医学教室にあるのではないか。教授を補充しても、他大学によいポストがあれば、またすぐに転出する恐れもある」。鹿児島大法医学教室の小片守教授は、待遇や体制整備の必要性を指摘する。
▼司法解剖医 捜査機関による検視の結果、犯罪性が疑われる場合などに刑事訴訟法に基づき捜査機関が医師に司法解剖を依頼する。解剖ができるのは、医師資格を持つ大学の教授や准教授ら。日本法医学会によると、司法解剖医は全国で約130人で、ほとんどが大学の法医学教室に所属している。九州では福岡県5人、長崎県2人、大分、熊本、宮崎、鹿児島県が各1人。
=2008/10/20付 西日本新聞夕刊=