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【コラム】過去の教訓活かした日独の住宅市場

 ドイツと日本は共通点が多い。世界大戦を引き起こして敗れ、戦後廃虚の中から立ち上がり、製造業を中心とした高度成長によって短期間で先進国の仲間入りを果たした点がまず挙げられる。また、質素で勤勉な国民性でも有名だ。だが、米国に端を発する住宅価格の下落や金融危機が世界経済を揺るがす中、経済学者たちが注目するもう一つの共通点がある。それは住宅市場におけるバブル状態がまったくないということだ。この10年、世界の多くの国々で住宅価格が急騰したが、ドイツと日本だけはほとんど上がらなかった。日本の住宅価格は1990年代初めのバブル崩壊以降、下落傾向が続き、崩壊前の半分程度となっている。また、ドイツでは地方はもとより首都ベルリンでも、住宅価格が10年前と変わっていない。

 住宅バブルが見られないということは、先進国はもとより中国やベトナムなどでも問題になっている住宅価格の急落、住宅ローンの焦げ付き、不良債権の増加などの心配がないということだ。そのおかげで、日本円は主要通貨の中で最も強い状態にあり、日本の金融機関は米国の金融機関を買収する動きを見せている。ドイツもまた、90年代には「欧州経済の劣等生」といわれたが、景気の回復により、今では「21世紀の優等生」として注目を浴びている。

 ドイツや日本の住宅価格がバブル状態にならない秘訣(ひけつ)は何なのだろうか。国民がまじめで倹約的なため、不動産投機を本能的に嫌っているのかとも思えるが、決してそうではない。過去にほかのどの国よりもバブル景気に沸いた経験があるためだ。日本では80年代、「不動産価格は常に右肩上がりに推移する」という「不動産神話」が語られ、「狂気」ともいえる投機ブームに沸いた。また、ドイツも90年代初め、同じような投機ブームに沸いた。90年の東西ドイツ統一によって、旧東ドイツの住民たちの多くが旧西ドイツへ移住し、住宅価格が急騰したのだ。

 ドイツでは公共賃貸住宅が発達し、持ち家率は40%台にとどまっていたが、それでも住宅価格の急騰を抑えることはできなかった。ドイツ政府は当時、住宅供給の拡大によって価格を安定させる目的で、不動産投機に対して10年間税金を減免する制度を導入した。富裕層はもとより、一般市民も「大もうけができる一生に一度の機会」ととらえ、借金してまで不動産投機に精を出した。これにより、年間25万戸ほどだった住宅の供給量は、93年から99年には年間40万‐50万戸ほどにまで急増した。ところが、統一の「後遺症」である景気の低迷が長期化したことで、住宅価格は急落した。一獲千金を狙った投資家たちを待ち受けていたのは「破産」だった。

 日本の住宅市場が長期間にわたって低迷した原因も、根本的には景気の低迷が長く続いたことにある。日本政府は90年代、不振に陥った金融機関に対する構造調整を先延ばしにしたため、金融機関の融資の抑制や企業の投資の縮小、景気のさらなる低迷という悪循環を招いた。他国で住宅価格を押し上げた超低金利も、不況の泥沼にはまった日本では無用の長物と化した。

 その結果、「急騰した住宅価格は必ず暴落する」という生々しい教訓を残すことになり、これが住宅価格の上昇を抑える効果につながった。ドイツでは3‐4年前から本格的に景気が回復したのを受け、「イギリスや米国に比べ相対的に価格が安い」として、外国資本が不動産を買いあさった。だが、ドイツの企業や国民が外国人による投資熱に浮かされることはなく、そのため住宅価格はほとんど上がらなかった。

 日本でも2005年以降、東京都心の再開発ブームが巻き起こり、都内の商業地域の不動産価格が急騰したが、政府が先頭に立って「ミニバブル」への警戒感を示すなど、価格の上昇に歯止めをかける動きが見られた。住宅の賃貸事業を始めれば、融資の元利金(元金と利息)以上の利益を得られるほど金利は安かったが、日本人たちはバブル崩壊の教訓を生かし、投資を極力控えた。世界中に広がった金融危機は結局、「借金に依存した過度な住宅価格の上昇は、いつか必ず破たんする」という日本やドイツの経験に学ばなかったツケなのかも知れない。

車学峯(チャ・ハクボン)記者(産業部次長待遇)

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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