死臭…
「誰にも迷惑かけないで生きる」なんて、有り得ない妄想なのだ。
繋がり・関わり合いの中に存在してるんだから、
むしろ
「迷惑かけてばかりの自分、お世話になってばかりの自分だったなぁ」
という一点に気付かないとダメだ。卑下ではなく事実として…。
例えば
人は生命活動を終えると(つまり亡くなると)、その亡骸は一気に腐敗へと向かう。
死臭…
その「臭い」ひとつを考えてみても、亡くなってしまった後のことまで、自分でどうにかなるものではない。残された「誰か」に、自分の「亡骸の始末」をお任せしていかなきゃならない。
僕が幼い頃、祖母が亡くなった。その遠い記憶の中に、祖母の遺体が安置された座敷内に漂っていた「ものすごい臭い」がある。
今は、ドライアイスやら葬儀社さんの技術で、なるべくその「臭い」は最低限まで抑えられているように感じる。
しかし、
今日の自宅での葬儀は……。
私より先に亡くなった方を「美化」して、「命を学ばせていただく」のではない。
私たちは
いつか、必ず、もれなく死ぬ。
そして
場合によっては
ものすごい死臭を漂わせるかもしれない。
今生きている、その裏側にはそういった「可能性」までもが含まれている。
だから、
ありがとうございました。今日の葬儀は大切な学びになりました。
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