☆☆!創価学会御用達だった山口組系後藤組!☆☆

(週刊現代・97/11/22)

!!真相追究!! 日本一の新興宗教団体が一番恐れる『暗部』を抉る

創価学会最高幹部%。井富雄(公明代表)と、暴力団組長との「密談」の全容

[高尾昌司&乙骨正生]

旧公明党の参議院議員と地方議員を束ねる「公明」代表の藤井富雄氏は、創価学会の池田大作名誉会長の側近といわれる。その藤井邸の近くで爆弾テロが起こった。警視庁は、藤井氏自身か狙われた可能性もあるとして捜査を進めている。が、ここにきて藤井氏と暴力団組長との閑係か浮かぴ上かってきた__


 [鉄製の門が爆弾で吹き飛んだ]

「寝ていると、バーンと爆発音がして体ごと上に持ち上げられるような感じがした。地震かと思ったほどでした」 現場近くの住人は、こう証言する。

10月29日(※97年)午前2時過ぎ、JR山手線目白駅から1qほどの新宿区内の住宅街で、爆弾事件があった。会社員宅の勝手□の鉄製門扉が吹き飛ばされたのだ。近くに電池、リード線、タイマーの部品などが落ちており、時限式の爆弾が仕掛けられたと見られた。門を吹き飛ばされた会社員宅の勝手口のすぐ隣は「公明」の代表・藤井富雄都議(73歳)の自宅だった。

「現在の捜査では、爆弾が置かれていた会社員とその家族が何者かに恨みを買っていた形跡はありません。藤井氏宅を狙った可能性も含めて捜査を進めています」(戸塚署捜査員の一人)

さらに、事件の数日前に、ある通信社に、男性の声で、「公明党本部を爆破する」との電話がかかってきたことが明らかになり、爆弾は藤井氏を狙った疑いが濃厚となったのである。

その後の調べで、爆発物は魔法瓶のようなステンレス製の簡状の容器に火薬を詰めたもので、これまで過激派がゲリラに使ってきた爆発物より火薬量が多いなど、過激派による犯行とは異なると所轄の戸塚署はみている。【※@】むろん、爆発したとき現場に人がいれば、命の保証はなかった。

テロのターゲットが藤井氏だとすれば、誰が、なぜ、爆弾を仕掛けたのか。

藤井氏は、都議10期日で、定年制(66歳を越えたら、原則として再度立候補できない)を導入した公明の中で、定年を過ぎても例外的に議員として在籍し、旧公明党参院議員や地方議員で組織する公明中央幹事会代表を務めている。入信したのは昭和20年代の半ばで、創価学会の池田大作名誉会長の側近としても知られる学会最高幹部≠フ一人である。

実は、藤井氏は、つい最近「怪文書」騒動にも見舞われたばかりだ。この怪文書は、藤井氏が「公明」を新進党から自民党支持にクラ替えさせようとしていることや、都庁移転の利権疑惑、息子のゴミ処理会社に便宜を図った疑惑【※A】などを糾弾している。

なにかと身辺騒がしいのだが、警視庁の捜査関係者は、今回の爆弾事件は怪文書との結びつきよりも、暴力団との絡みに重大な関心を寄せている。

「実は、藤井氏と山口組傘下の組長とが、ある〃仕事〃のために密談している現場をビデオに撮られ、そのテープが永田町に流れたという話がある。さらに、それを知った藤井氏がテープが表沙汰にならないよう、山口組の本家に泣きついたというおまけまでついている」(警視庁捜査関係者)公党の代表が、暴力団と深いつながりがあるというのだから、にわかには信じがたい話である。

だが、かつて公明党都議会幹事長で藤井氏をよく知る龍年光氏は、十分ありうる話だというのだ。

「創価学会自体、以前から暴力団と関係があります。池田大作の指示のもと学会の政界や暴力団山関係の交渉の窓口は、当初、私自身が担当していましたからね。私が担当したのは昭和20〜30年代にかけてです。その後、竹入義勝元公明党委員長がその役割を引き継ぎましたが、竹入の片腕だったのが、藤井だった。昭和30〜40年代のことで竹入が一線を退いてからは、藤井が一手に、裏工作を担当するようになった。いわば、学会、つまり池田大作の〃お庭番〃です」(龍氏)


 [暴力団員が反学会の人に切りつけた]

さて、問題のビデオは実在するのか。話は、暴走したカルト教団=オウム真理教が12人の市民の命を奪った、地下鉄サリン事件が起きた・96年にさかのぼる。

その年、一連のオウム事件をきっかけに宗教団体の透明化をはかる宗教法人法改正の動きが表面化する。95年9月3日、自民党の加藤紘一政調会長(当時)が、秋の臨時国会で宗教法人法の改正を目指す旨の発言をし、一気に法案改正の動きが本格化する。

そして、自民党は創価学会の実質上のトップである池田大作名誉会長を国会に喚問し、学会と旧公明党議員グループとの政教一致問題まで追及しょうという動きをみせる。

龍年光氏によると、宗教法人改正を骨抜きにし、池田大作名誉会長の喚問を阻止するため、必死の工作に奔走した中心人物が、藤井氏だったという。

昔よく、藤井は陸軍中野学校の出身だと、自慢げに話していた。たしかに謀略はお手の物で、池田大作の評価も高い。宗教法人法をめぐる喚問問題では、藤井が池田の命を受けて動いた。暴力団との密会ビデオがあるという話は、私も耳にしている。爆弾事件は、この時に動いた人物からの一種の請求書≠ニいう見方さえでてる」(龍氏)

どうやら事件の裏には、深い闇が潜んでいる、との指摘である。

創価学会と暴力団との関係はこれまで何度か報道されてきた。古くは、学会が静岡県富士宮市に建設した「富士桜自然茎地公園」をめぐる、山口組傘下の武闘派で知られる組織・後藤組との関係だ。

この墓苑の建設計画がスタートしたのは73年で、80年に完成したが、その間、工事をめぐって、贈収賄、農地法違反などの疑惑が噴出し、市議会に「百条委員会」(不正事件が発生した場合などに地方自治体法100条に基づき設けられる調査会)が設置されるなど建設賛成派と反対派が入り乱れて大騒動となった。そこに登場したのが後藤組である。

77年に、後藤組の幹部が、同組と建設推進派の公明党(当時)市議との関係を指摘した市民の自宅にブルドーザーで突っ込んだ上、日本刀で切りつけ、重傷を負わせたのだ。

この事件は、77年11月21日に起きているが、11月23日付の地元紙・静岡新聞はこう報じている。

<(被害者は)宗教法人・創価学会の墓苑建設計画をとりあげ、この中で、市会議員某(旧公明党議員)と後藤組が関係あるとし、(中略)同議員と後藤組を厳しく攻撃している。このため同署(富士宮暑)では、こうした政治的背景も関係がある可能性も考えられるとして捜査を進める方針でいる>

「富士宮に勢力をおく後藤組は、墓苑建設の際、用地買収や周辺住民の説得などに協力したといわれています。が、この蜜月関係は、80年代に入り、崩壊する。その原因は、学会側が、後藤組に対して報酬の支払いを渋ったからといわれています」(富士宮市市議会議員の一人)

85年4月には日蓮正宗総本山・大石寺に散弾銃が撃ち込まれ、同11月には東京・信濃町の創価学会本部の文化会館に短銃2発が撃ち込まれている。11月の事件では、後藤組組員が現行犯逮捕されたのだった。

「学会側は、この事件に慌てて後藤組に接触した」(学会関係者)という。

91年には、日蓮正宗が、創価学会の教義違背などを指摘して池田創価学会名誉会長を破門し、宗門と学会の紛争へとエスカレートしていく。

翌年には、こんな事件があった。「92年に大石寺に拳銃7発が撃ち込まれる事件があったが、学会の意をくんだ暴力団の犯行ではないかといわれた」(前出の富士宮市議)

創価学会の元教学部長の原島嵩氏は語る。「池田大作の女性スキャンダルを記事にしたことで裁判になった、『月刊ペン事件』(76年)以来、藤井は裏工作の相談を池田からうけていた。いずれにせよ、学会のなかで、重要案件を処理する場合は藤井代表がとりしきる」


 [永田町にテープが流れた!?]

問題のビデオテープに話を戻そう。そもそもこのテープは95年に撮られたというが、どのような内容なのか。

「藤井は港区内のとある事務所で後藤租の後藤忠政組長に会い、反学会活動を続けている政治家など5人の名前をあげて、『どうにかならないか』という内容の相談をもちかけた。この密談の様子が何者かによってビデオで穏し撮りされ、外部に流出したとされる。テープは、約40分.画像は鮮明ではないが、声は藤井の声に酷似しているといわれる」(創価学会関係者)

この問題のビデオをテープを警視庁は極秘裏のうちにすでに入手済み、という情報もあるのだ。

もし、このビデオテープに映っている人物が藤井氏本人であるなら、密談の内容によっては刑事事件に発展する可能性もあり、公明はもちろん創価学会を巻き込んだ大スキャンダルにつながる。

全国紙政治部記者は語る。「永田町では、当時、反学会の急先鉢・亀井静香代議士などがテープを入手したという噂まで流れた。自民党サイドは、このテープを材料に学会を揺さぶり、政局を有利に導こうとしているという話が出ていました」亀井代議士は〔事務所を通じて、「(この件に関しては)コメントはしない」と本誌の取材に答えている。

さらに藤井氏は、別の山口組傘下の直系組長にも相談を申しこんだという証言がある。藤井氏が会ったというのは、宅見勝若頭射殺事件後に、五代目山口粗から「破門」「絶縁」された中野太郎・中野会会長だというのである。

兵庫県警の捜査関係者はいう。「藤井は山口組関係者を通して、かつて五代目(山口組の渡辺芳則組長)〃右腕〃といわれた中野会長に接触。『後藤組との問題で、渡辺組長に相談したいことがある』と、会談を申し入れた。五代目に泣きついて、後藤組の動きを牽制したかったのかもしれない。会談は神戸市の料亭などで数度行われた」

この神戸の料亭とは、新神戸駅から車で約10分の距離にあり、山口組の関係者によると、山口組の幹部たちが頻繁に利用しているという。京都にも系列店がある。本誌取材スタッフの一人は、この料亭を訪れていたが、閑静な住宅地に立つマンションの1階にこの店はあった。

「宅見射殺事件の捜査を進めていくなかで、藤井氏が山口組のトップと接触したがっていたという話が出ている。五代目と藤井氏が直接会ったかどうかはわからないが、中野(会長)に会ったという話は、各府警や県警からもあがっているようだ」(前出の警視庁捜査員)


 [「会ったら『やあやあ』だよ」]

公明の代表である藤井氏が後藤組長、中野会長に会ったとしたら、いったい何が目的だったのか。

10月9日、本誌取材スタッフの一人が藤井氏にコメントを求めると、「そうした噂が流れていることは聞いている。しかし、事実無根だ」 と、全面的に否定した。が、その後、爆発事件が起こった。

11月4日夜、帰宅した藤井氏をあらためて直撃すると、発言は微妙に変わった。

*** 中野会の中野太郎会長と料亭で会ったという情報があるが__(藤井)「知らないよ、そんなこと」

*** 後藤組組長に会ったことは?__(藤井)「去年か一昨年頃に…」

*** どういう話をしたのか?__(藤井)「俺は会いたいという者とは誰とでも会うんだ。こうやってあんたとも会っているだろ」(急にイラ立ち始める)

*** 五代目山口組の渡辺芳則組長と会ったことは?__(藤井)「知らんよ」

*** ビデオの話は?__(藤井)「事実無根だ。関係ないよ」

*** 後藤組長と会ってどんな話をしたんですか?__(藤井)「いう必要ない。会ったら、『やあやあ』だよおかしな話をするわけがない」

藤井氏は、こう答えた。少なくとも、後藤組長と面識があることは認めたのだ。

一方、90年まで公明党の衆議院議員だった大橋敏雄氏はこう憤る「創価学会は、税制上の減免措置を受けているなど宗教法人法などによって優遇されていますが、暴力団と関係をもつような教団が、宗教法人としての適性をもち得るのか、検討すべき問題です」

公明という公党の代表が暴力団組長との接触を認めているとすれば、言い逃れはできないだろう。92年に金丸信元自民党副総裁が議員辞職に追い込まれた。東京佐川急便事件にからむ5億円の違法献金問題で金丸氏と暴力団の親密な交際が発覚、金丸氏は議員辞職した。

都議であり、国政に参加している公党の代表である藤井氏は、この間題でどうケジメをつけるのか。


****************************************************************

【編者註@】山口組では、三代・田岡氏の時代、極左系の中核派を支援し、アジト・活動資金を与えていたことは裏社会ではよく知られていた。山口組のみならず暴対法の成立時期には全国の有力な組織が左翼と接触し、連携を模索していた。

【編者註A】東村山の『朝木明代市議暗殺事件』にまつわり、創価学会関係者のゴミ処理業者が特に東村山市から優遇されていたことを追及していたのが朝木明代市議であった。