病院の裏口に、全盲の男性(80)を乗せた車が止まった。男性は長女(49)に付き添われて入り口を直進。触覚と音を頼りに、約20メートル先の検査室手前を右折した。さらに約10メートル歩き皮膚科前を左折。目的の内科受付窓口に到着した。
男性は16年前、緑内障と網膜はく離を患い、光を失った。糖尿病とも40年以上にわたり闘い続けている。月1回通う阿賀野市立水原郷(すいばらごう)病院(郷病院)は「自宅のようなもの」。一人でも迷わず歩くことができる。
しかし、男性は数年前から、病院内を飛び交う声や足音のせわしなさに不安を覚えるようになった。看護師は「とにかく忙しくなったもので」と繰り返すばかり。この時、同病院の「医師大量退職」が連日報道されるようになっていた。
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病院によると、05年4月に27人いた常勤医は、06年10月までに13人に半減した。原因の一つが慢性的な過重労働。夜間・休日診療は当直医1人で1日平均26人(04年度)を診ていた。定年や開業で医師数人が退職表明すると、残った医師も負担が増えるため、次々と退職を申し出る悪循環に陥った。
この結果、06年2月には、入院治療が必要な救急患者を受け入れる「2次救急指定」を取り下げた。市民を乗せた救急車は郷病院を通り過ぎ、市中心部から約20キロ離れた県立新発田病院や新潟市民病院へ走る。かつては、地域の中核病院として市内の救急患者の8割を受け入れていた。
「残った勤務医を支えているのは、市民のための病院をなくしてはいけないという使命感に尽きる」
事務方の責任者である加藤有三・病院管理者は力を込める。321床のうち、勤務医が半減してなお、約250人の入院患者に責任を持つ。「医師確保も経営も限界。大病院や開業医と役割分担しなければ、生き残る道はない。県がリーダーシップをとってくれればいいのだが」
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診療体制が崩れていく中、全盲の男性夫妻に悲劇が襲った。
妻(73)が昨年12月、開業医にうつ病と診断された。入院先は郷病院。開業医が毎日診察に訪れる「オープンベッド制」を利用したが、今年2月、心臓病が判明。3日後には植物状態になった。
妻は入院後、「便所に行くのが難儀。体がふらふらする」とこぼしていた。「郷病院の医師や看護師が減り、症状に気付いてもらえなかったのでは」。そんな思いもわき起こる。
「目を覚まして」。男性は見舞いに訪れるたびに、妻の手をぎゅっと握り締める。【黒田阿紗子】
毎日新聞 2008年10月16日 地方版