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特集:きょうから新聞週間 命を守るために、真実掘り起こす(その2止)

 ◇国動かした石綿追及 情報公開・補償導く--大阪科学環境部編集委員・大島秀利

 新聞が、アスベスト(石綿)被害者の救済のために、有効な手がかりを提供できると認識したのは約4年前だった。当時、日本郵船の元船員が中皮腫にかかり、ボイラー周辺のアスベスト(石綿)を吸ったとして労災認定されたと支援団体から聞き込んだ。これを04年4月に報じると、船員仲間に伝わって、別の患者が支援団体に相談してまた労災認定され、これも記事にした。元国鉄職員、元運送会社員の中皮腫も記事にすると、同様の反響が生まれた。

 認定主体の政府機関は、こうした企業名などを含む情報を発表しなかった。一方、患者、支援団体、新聞、再び患者……という情報の連鎖、循環が政府から独立して成立し、補償につながった。

 そもそも中皮腫患者の多くは、自分がどこで石綿を吸ったか分からない。石綿粉じんは目に見えず、平均40年の潜伏期間が記憶の壁になるからだ。ましてや石綿による肺がんは、石綿との関連を疑う医師も少ない。

 ここで自分が以前に働いた職場や職種で石綿被害が認定されたという情報があれば、被害に気付き、補償を申請しやすい。工場周辺住民は、公害の可能性を知ることもできる。

 患者の取材の延長線上で私は05年6月、クボタの旧石綿製水道管工場周辺で住民が中皮腫になっていると報じた。工場内部では10年間で社員51人が石綿関連病で死亡しており、もし、厚生労働省がこの情報を公開していれば、被害者救済も早く進んだとみられた。

 この記事は大きな反響を呼び、企業、官庁に情報公開の流れができた。厚労省も05年7~8月、石綿による労災認定が04年度以前にあった383の事業所の実態を初めて公表した。

 ところが、厚労省は事業所名を再び秘密にした。04年以来、情報の重要性を感じていた私は06年12月「厚労省公表拒む」と記事にした。

 この記事や過去の経緯から、私は、患者支援団体から情報の提供を受けた。そこには、05~06年度に認定された3478人(うちがん患者3365人)のデータが含まれていた。事業所名は黒塗りだが、地域ごとに業種別の認定数が分かる。

 分析から、石綿労災があった事業所は最低720で、前例がない事業所だけでも520以上、と判明した。労災多発企業も推定して取材し、40事業所の認定数を把握した。隠された情報の輪郭と重要性を浮かび上がらせる膨大な情報が準備できた。

 準備した情報は07年12月3日、朝刊で5ページにわたって一挙掲載した。翌4日、舛添要一厚労相は早期再公表を指示したと表明。厚労省は08年3~6月、計2327の認定事業所名を公表した。

 しかし、厚労省が事業所名情報を秘密にしているうちに、被害者が労災に気付くのが遅れた。このために労災補償の請求時効(死後5年)を過ぎて、石綿健康被害救済法でも救われない事例を複数確認した。これを報じ、同法の欠陥を指摘し、改正につなげた。

 支援団体に相談に訪れる石綿疾患患者の半数以上は新聞のスクラップやコピーを胸に抱いて「以前から記事を集めていた」「これを見てきた」と相談のきっかけを話すという。

 新聞は大量情報の記録と一覧性、多数の読者、世論に訴える力を持つ。これをもとに被害者の掘り起こしや、被害者救済の手がかりを提示できる。こうした実例を示しながら、政府による情報の非開示が不当であることを示せたのが今回の一連の報道だったと考えている。

 ◇重み増す調査報道 ジャーナリズム存在意義示す--ジャーナリスト・原寿雄さん

 大島秀利記者による10年以上の地道な取材、報道の積み重ねでアスベスト(石綿)被害報道を主導し、その危険性を社会に警告、対策や救済に消極的な政府を監視した。また、日本のジャーナリズムがもっと早くから重視し、追及すべきだったことも、報道界に自覚させた。役所が事業者側の視点にこだわることや、調査報道には持続的な取材と記者の意欲、市民団体との協同の必要性があることも再認識させた。相当な正義感と意欲がなければできない仕事だと思う。

 日常のニュース報道は、社会の動きの象徴的な一部をつみ取った断片に過ぎないことが多い。氷山の一角でなく全体像を伝える調査報道が、重要だと判断した社会問題については必要だ。

 一方、記者発表を元にした記事と異なり、調査報道は、人手も時間、お金もかかる。それだけのコストをかけて成果が生まれるかどうかも不明だ。さらに報道上の責任問題が起きれば、報道機関に対して責任が問われる。それだけのリスクをおかして調査報道してもシリアスな地味な問題は必ずしも部数増に結びつくわけではない。

 しかし、調査報道は政府の政策転換を促すケースも少なくない。今回の記事をはじめ朝日新聞の「偽装請負 追及キャンペーン」(07年度・石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)や北海道新聞の「北海道警察の裏金疑惑を追及した一連の報道」(04年度・新聞協会賞)などは、ジャーナリズムとしての社会的役割と存在意義を示した。

 こうした調査報道は社会的に評価され、その新聞のイメージや信頼性を確実に高める機能を果たす。インターネット時代はオピニオンの受発信には便利だが、報道機関としては調査報道による事実の深層追求がいよいよ重要だ。

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 ■人物略歴

 ◇おおしま・ひでとし

 86年毎日新聞社入社。高知、大津、福井支局を経て大阪本社社会部、特別報道部。06年10月から同科学環境部編集委員。46歳。

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 ■人物略歴

 ◇はら・としお(ジャーナリスト、元共同通信編集主幹)

 50年入社。52年、大分県菅生村(現竹田市)で共産党員らが駐在所を爆破したとして逮捕された「菅生事件」の調査報道を提案。事件が巡査部長を党員に送り込んだ県警ぐるみのでっちあげだったことを暴露し、取材班は第1回(58年)日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞を受賞した。83歳。

毎日新聞 2008年10月15日 東京朝刊

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