取材した相手がその20日後、3カ月後と、次々に亡くなってしまう。毎日新聞大阪科学環境部の大島秀利編集委員はショックと恐ろしさ、怒りがこみ上げ、「報道を徹底して続けていかなければ」と決意した。
作業中にアスベスト(石綿)を吸った船員や国鉄職員らが30~50年後に胸部がんの中皮腫を突然発症する。病床での取材に彼らは「なぜ自分が」「石綿の危険性など知らなかった」と悔しがった。
目に見えない石綿粉じんの被害にいつ、どこで遭ったかわからない人々が大勢いる。過去に石綿被害で労災認定された従業員がいる事業所の名前が公表されれば、新たな患者の早期発見や補償に役立つはずだ。それなのに厚生労働省は、クボタの石綿被害が社会問題になった05年に事業所名を公表しただけで、その後は非公表に転じていた。
厚労省が公表を拒んでいることを06年12月に報じた大島編集委員はその後、患者支援団体が開示請求して入手した黒塗りの情報リストを団体と一緒に分析し、事業所名などを割り出していった。07年12月、新たに520事業所で被害が出ていることを、一覧表などを付けて報道した。その約4カ月後、厚労省はようやく事業所名を公表した。
一連の報道は08年度の新聞協会賞に選ばれた。大島編集委員は「同じテーマを繰り返し記事にしたことで新たな情報が寄せられた。支援団体と連携して、隠された情報を明るみに出すことができた」と語る。
行政機関が、本来なら国民に公開すべき情報を隠そうとするケースが後を絶たない。行政機関個人情報保護法が施行された05年以降、プライバシー保護を理由に情報を出し渋る傾向がさらに強まった。ところが実際には、業界の利益優先や身内の不祥事隠しが狙いである場合も少なくない。情報隠しは政治家や企業の間にも広がっている。
隠された情報を取材・報道によって国民の前に提示していくことが、メディアに課せられた責務である。中でも、読者からの信頼に長い間支えられ、さまざまな調査報道を手がけてきた新聞は、インターネット時代といわれる現代でも、変わらぬ重い使命を負っていると考える。
懸念もある。昨年は奈良県の少年事件の供述調書をフリーライターに見せた鑑定医が秘密漏示容疑で逮捕され、今月には防衛秘密を記者に漏らしたとして幹部自衛官が懲戒免職になった。メディア側が取材源を結果として守りきれなかったことは痛恨の極みだ。しかし、取材源を狙い撃ちして情報提供の萎縮(いしゅく)を図るかのような当局の動きには、強く抗議しなければならない。
15日から新聞週間。情報を閉ざそうとする厚い扉を粘り強くこじ開け、国民の知る権利に応えていく決意を新たにしたい。
毎日新聞 2008年10月15日 0時02分