米国経済への信用不安が止まらない。金融経済の崩壊に加え、実体経済の悪化も避けられなくなってきた。金融機関に対する公的資金の投入で財政赤字の拡大も必至。NYダウも連日のように大幅下落し、米国は袋小路に追い詰められた。それは米国の通貨であるドルの信認低下につながり、ひいては基軸通貨の地位も失うことにつながっていく。
米国の金融不安は底無し沼の様相を呈している。ドル短期金融市場は凍りつき、ドルの流動性は完全に失われてしまった。住宅価格や株式など、あらゆる資産価格の底も見えない。
米国は、金融機関の不良債権買い取りに7000億ドルもの公的資金を投入することを決めたが、これは間違いなく財政赤字の拡大につながっていく。9月末で終了した2008年度の財政赤字は、過去最悪規模の4000億ドル台へと膨張。実体経済悪化を食い止めるための減税も検討されており、財政悪化は止まりそうにない。
一方で米国は、依然として7000億ドルの経常赤字を抱えている。成長の基礎となるマネーは外国に頼らざるをえないのだ。だが、2006年央に住宅価格がピークを打ったのとほぼ時を同じくして、米国への資金流入は細りつつある。熊野英生・第一生命経済研究所主席エコノミストは「米国の10~12月期のGDPはマイナス成長になることも予想され、実体経済に波及してきた。これまで米国の高い成長率に期待して株式や社債に資金が入っていたが、米国への投資収益率が下がるとなれば、資金は一気に細ることになり、これはドルの価値を下げていくことになるだろう」と分析する。
米国経済は金融面と実体経済面の双方でスパイラル的に悪化していくことが次第に明白になってきた。
米国経済について、金融面からみていこう。
10月8日、FRB(米連邦準備制度理事会)、ECB(欧州中央銀行)、BOE(イングランド銀行)など米欧中央銀行6行は、緊急の協調利下げを行った。米国経済を支えるためなら、FRBだけが利下げを行えばいい。しかし、協調利下げとなったのは、世界的に株価急落が伝播していくのを避けるのは当然としても、さらに米国と他国との金利差が拡大して、ドル暴落につながることを何よりも恐れたからだ。
国際金融コンサルタントの草野豊巳氏は、1990年代に日本が陥った金融危機との対比で米国の危機を分析するなかで、日本より米国の方が問題が深刻であると指摘する。
連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の2政府支援金融機関(GSE)の公的管理は、日本における96年の住宅金融専門会社(住専)への公的支援と重なる。米保険最大手AIGの危機は97~01年の生損保の経営破綻を想起させる。さらに最大7000億ドルの不良債権買い取りを柱とする米政府の金融安定化策も、99年の整理回収機構(RCC)の発足を決めた構図と同じだという。つまり、米国は90年代の日本の後追いをしているわけだが、「当時の日本は経常黒字だった。しかし現在の米国は経常赤字国。赤字の穴埋めを海外マネーに頼るしかない国が、経常黒字国と同じ対応をしていたら、どこかで破綻する。そうなったら、ものすごいインフレになるか、他国に借金を棒引きしてもらうしかない」(草野氏)と警鐘を鳴らす。
さらに、GSE2社の救済、AIGへの支援、7000億ドルの不良債権買い取りも、詳細に見ると、「米国政府のごまかしにすぎない」と草野氏は見る。
「長短債務と住宅ローン担保証券の合計が5兆ドルを超えるGSE2社に対し、それぞれ1000億ドルの公的資金を投入するというが、実際には10億ドルの優先株を購入したにすぎず、しかも救済策は時限立法。その法案には、GSEの債券を『保護する』(プロテクト)とは書いてあるが、『保証する』(ギャランティー)とは一言も書いていない。保証となれば公的債務となり、財政赤字が一気に膨らむことを恐れているからだ。AIGに対する850億ドルの融資も、ワラント(新株引き受け権)を買う予定と言っているだけ。7000億ドルに上る不良債権買い取りも、実際に不良債権を買取機構に売却すれば、銀行本体が資本不足に陥り、公的資金を注入しなければならない。しかし、銀行本体への公的資金の注入は、やはり財政赤字につながる。すべてが小手先の対策でごまかそうとしている」(草野氏)。
財政赤字の拡大がドルの信認低下につながることを米国政府は恐れているのだ。
GSE債を保有する農林中央金庫や三菱東京UFJ銀行など日本の金融機関に対し、米財務省は個別に訪問し、GSE債を売却しない意思を確認している。その背景にあるのも、米政府の保証がないGSE債が市場で投げ売りされることを恐れているからにほかならない。
米国内でも認識は同じ。テキサス州の共和党下院議員、ロン・ポール氏は、米メディアのインタビューに対し、「通貨政策について、なぜ見直しが必要なのかを真剣に考えないと、米国は崩壊してしまう。大幅なドル安はこれからも続くだろう。それが国民への警鐘になることを願っている。今後、米国は今よりはるかに貧しくなるだろう。他国からの借金を当てにした繁栄は“夢”にすぎず、長続きしない。(経済・財政)システム全般を見直さないかぎり、この国は破綻するだろう」と答えている。問題を突き詰めて考えれば、やはりドルという通貨の問題にたどり着いてしまう。
実体経済も悪化の色が濃くなってきた。それは、米国の基幹産業である自動車販売に表れている。
9月の米新車販売は16年ぶりに月間100万台を割り込んだ。フォード・モーターは前年同月比で34%減、GMが16%減、クライスラーは33%減とビッグ3は軒並み惨敗の状況だ。新車販売台数は、住宅着工数などと並んで米国の重要な経済指標。自動車産業の衰退はディーラーやローン業者、部品サプライヤーなど影響を受ける業界も多く、米経済に与える負の衝撃は大きい。
これに対し、主にビッグ3を対象とした総額250億ドルの低金利融資を議会で可決させたが、売り上げが大幅に減少していくなかで、どれだけの救済効果になるのかは不透明だ。
9月の新車販売の不振には、ガソリン高などさまざまな理由が挙げられるが、より深刻な理由は、銀行やクレジット会社による貸し渋りだ。実際、サブプライム問題が浮上して以降、金融機関の大半は融資基準を厳しくしている。
米国人の「打ち出の小づち」とも言われるHELOC(ホームエクイティ・ライン・オブ・クレジット)は、住宅の含み益を担保とする低金利のローンで、これがセカンドハウスの購入、住宅リフォーム、自動車購入などに充てられて個人消費の拡大に貢献してきた。しかし、今春以降、HELOCの打ち切りや減額が相次ぎ、消費者はより金利の高い借金を抱え込む事態となっている。
ロサンゼルスのある自動車ディーラーは、「これまでHELOC申請者の8割が承認されたが、今では3割に落ち込み、それが新車販売の減少に拍車をかけている」という。
そして、いわばバブルの元となった住宅価格は下げ止まる気配を見せない。米ケース・シラー住宅価格指数先物をみると、住宅価格は今後さらに3割下落し、底を打つのは2010年央になることを示唆している。あと2年は下がるのだ。
米労働省が10月3日に発表した雇用統計では9月の失業率は5年ぶりの高水準となった8月と同様6・1%だったが、ワシントンDCのシンクタンク・CEPR(経済政策研究センター)は来年前半に7%、ゴールドマン・サックスは来年末までに8%に達すると予想した。
このように、米国経済は、金融面、実体経済面の双方で悪化が確実だ。その国の通貨であるドルもまた信認を失っていくことは確実であるように見える。このことは、水野和夫・三菱UFJ証券チーフエコノミストが20ページで指摘しているように、ドルが基軸通貨の地位を失うことにつながっていく。71年のニクソンショックですでに事実上崩壊しているが、ドルを中心として戦後の通貨安定を企図した「ブレトンウッズ体制」も、名実ともに幕を閉じることになるのである。(肥田美佐子・ニューヨーク在住ジャーナリスト/土方細秩子・ロサンゼルス在住ジャーナリスト/週刊エコノミスト編集部)
2008年10月14日