ことわざには正反対の意味をもつものが多くある。「船頭多くして船山に上る」に対しては「三人寄れば文殊の知恵」というのがあり、「人を見たら泥棒と思え」と警告する一方では「渡る世間に鬼はない」とくる▲「人を見たら~」だけでは世の中がぎすぎすする。気を緩めてもいい時なら「渡る世間に~」と、のんびり構えた方が平穏だ。ことわざが長い間語り伝えられてきた生活の知恵であることを考えれば、これらは矛盾するものではない▲一見、矛盾と思えることわざが多いことについて、外山滋比古氏が「複雑な人間の現象にこまかく即応しようとした結果」と指摘している(「ことわざの論理」ちくま学芸文庫)。それだけ、人間の社会は一筋縄ではいかないということだ▲ところで、総選挙の時期をめぐる麻生太郎首相の心境も相当複雑なことと推察する。ことわざでたとえれば、自民党総裁に選ばれた直後は「好機逸すべからず」だったに違いない。国民に信を問うことを決断した、とご本人が月刊誌で明言している▲だが、新内閣のご祝儀人気がさほどでなく、閣僚の暴言や政治資金の不適正処理などが追い打ちをかけると次第に後ずさりする。不祥事も日がたてば忘れ去られると思ったのかどうか。「人のうわさも七十五日」ということわざがある▲金融危機と景気後退が深刻化してきたいまの心境は、「待てば海路の日和あり」といったところかもしれない。しかし、じっと待ったからといって海路の日和が必ずやってくるとは限らない。早くしないと手遅れになる、と注意喚起する「まだ早いが遅くなる」ということわざがあることも忘れない方がいい。
毎日新聞 2008年10月12日 0時05分
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