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クルーグマンにスウェーデン銀行賞

今年も当ブログの予想ははずれ、受賞者はノーマークのポール・クルーグマン。ノーベル財団の授賞理由を読んでも、よくわからない。"International Trade and Economic Geography"というのは、アメリカが日米半導体協定を求めてきたとき、彼らの理論武装に使われた「戦略的貿易政策」というやつで、いわゆる収穫逓増があると大きいものが大きくなるので、日本の半導体を規制しろというものだ。今となってはナンセンスなことが明らかな理論で、その昔ロボトミーに授賞されたようなものだろう。

クルーグマンの政治とのかかわりは、1982年にレーガン政権のスタッフになったことから始まる。そのころは、いわゆるレーガノミックスにそって自由貿易を推進していたのだが、クリントン政権では大統領経済諮問委員会の委員長候補とされ、本人もあからさまに「ポストに興味がある」と語ったが、結局ポストにはつけなかった。この戦略的貿易政策は、そのとき猟官運動のために書いたもので、国際経済学の常識である自由貿易を否定する理論だ。

ところがポストが得られないことを知ると、クルーグマンは1994年に「競争力という危険な幻想」という論文を発表して、自由貿易主義者に変身する。その後は、エンロンの顧問をつとめて笑いものになったり、ブッシュ政権を罵倒するコラムを毎週書いて、Economist誌に「片手落ちの経済学者」と皮肉られたりした。

要するに、その時その時で理屈を変えて世の中に媚びてきたわけで、昨年のHurwiczとは逆の、経済学者の卑しい部分を代表する人物だ。経済学がいかに都合よく結論にあわせて「理論」を編み出せるかを示すには、いいサンプルだろう。彼は学問的に新しいことをやったわけではないが、ジャーナリストとしては一流だから、代表作はNYタイムズのコラムだろう。
コメント ( 7 ) | Trackback ( 1 )
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コメント
 
 
 
各社の論評 (池田信夫)
2008-10-14 07:32:24
予想どおり「政治的な決定だ」と批判するコメントが多いですね。

With the committee's decision coming three weeks before the U.S. presidential election, the news sparked criticism that it was influenced by political considerations as well as academic achievements.

http://online.wsj.com/article/SB122389602110728309.html

いちばん辛辣なのはForbesです:

Today's announcement that Paul Krugman won the Nobel Prize in economics, although not earth shattering, indicates that outright political partisanship is not a deterrent to winning. This is not as tragic a moment in western civilization as the sacking of Constantinople in 1453 or the Bolshevik Revolution of 1917, but it suffices as one of those sad moments we will regret over time.

http://www.forbes.com/opinions/2008/10/13/krugman-nobel-economics-oped-cx_wla_1013anderson.html

本文に引用した記事でEconomistも書いてるけど、今やクルーグマンは「経済学のマイケル・ムーア」みたいなものなので、これはカンヌ映画祭でムーアの(とても芸術的とはいえない)映画がグランプリを受賞したようなものでしょう。欧州の人々が「ブッシュは嫌いだ」というメッセージを出すために賞を利用するのは、よくない習慣です。
 
 
 
インフレ目標 (池田信夫)
2008-10-14 09:02:28
日本の新聞は、クルーグマンの「インフレ目標」についての論文に関心があるようですが、これは正式の学会誌に出たものではなく、半分冗談です。これも今となっては、ロボトミーのようなものでしょう。

http://cruel.org/krugman/krugback.pdf

最大の間違いは、彼が「不良債権は大事な問題だが、日本経済の回復には寄与しない」と考えたことです。「銀行の処分や差し押さえの脅しが貸し渋りを引き起こして、それが日本の景気停滞をさらに深めたんだとしたら、そもそもなんで銀行改革なんかせにゃならんのでしょう」と書いているが、これは問題を正反対に見ている。この点では地底人のほうが正しく、問題は貸し渋りではなく「貸し過ぎ」だったのです。それは今も続いている。

均衡実質利子率が負になっていることが問題のコアだ、というクルーグマンの指摘は正しいのですが、彼はそれをどう是正するかという問題をあきらめ、「インフレを起こして実質金利を負にすればいい」という奇妙な政策を思いつく。これは日本の半可通に賛同者を得て、インフレ目標をめぐる不毛な論争の原因になりました。これについては何度も書いたので、シュワルツの批判も含めて読んでください。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/d926343a65b75e0cfb5f4afc7bd4f986
 
 
 
ノーベル経済学賞 (tanakkac)
2008-10-14 10:04:54
受賞者が小粒でうさんくさくなってきましたね。70年代のハイエクとフリードマン、80年代のブキャナン、90年代のナッシュあたりまでは良いと思いますが。ノーベル平和賞みたいにならなければ良いのですが…

ノーベル家の一部の人達はこの賞をノーベル賞として認めていないだけではなく、ノーベルの名の使用にも抗議している。2001年にはノーベルの兄弟の曾孫にあたるスウェーデン人の弁護士ら4人が地元紙ダーグブラデットに寄稿し、経済学賞は「全人類に多大な貢献をした人物の顕彰」というノーベルの遺言の趣旨にそぐわないと批判した。(「ノーベル賞」Wikipediaより)
 
 
 
Re: ノーベル経済学賞 (池田信夫)
2008-10-14 10:49:58
私もノーベル家に賛成ですね。弁護士なら、訴訟でも起こせばいいのに。他の賞も疑問のある受賞者が多いが、経済学は特にひどい。

・1974年にハイエクに授賞したことは、俗物的なメディアに彼を認知させる意味ではよかったが、イデオロギー的には正反対のミュルダールがなぜ共同受賞なのか、よくわからない。

・1975年のKoopmans-Kantrovichのときは、「ORの創始者であるDanzigが入ってないのはおかしい」といって、Koopmansがいったん受賞を拒否した。

・1994年のNashはともかく、2005年のAumann-Schellingや2008年のHurwiczなど、ゲーム理論ばかり続くのもおかしい。これは選考委員長がWeibullというゲーム理論の専門家だったことも影響していると思われる。

まぁノーベル賞だろうとスウェーデン銀行賞だろうと、学問的価値とは関係ないのですが、経済学が世の中で話題になる貴重なチャンスなのに、こう変な授賞が続くのは困ったものです。
 
 
 
片手落ち (passers-by)
2008-10-14 11:09:31
Krugmanの受賞には色々な意味で驚きました。

ところでリンク先のThe Economistを読みました。確かにKrugmanは「one-handed economist」と評されています。
ただ、英語でのone-handedには日本語の「片手落ち」というような隠喩まで含まれているのでしょうか?

恐らく、http://www.econ.kobe-u.ac.jp/~koba/econ/ejoke.htmにあるように『片腕の経済学者はいないものかね。彼らはいつも「一方では(one hand)・・・、一方では(other hand)・・・、」ばかり言っているよ。』という一般的な経済学者への皮肉が前提にあり、Krugmanが一般的な経済学者とは異なり、留保を付けずに直截な表現を頻用していることを若干揶揄してone-handedと言っているのだと思いますが、これが日本語で言うような「片手落ち」という揶揄まで込めているのかどうか、些か自信が持てませんでした。
 
 
 
個人的な思い出 (池田信夫)
2008-10-14 11:11:38
私が今回の授賞に不愉快な気分になったのは、かつてこの「戦略的貿易政策」に振り回された記憶があるからです。1993年に日米構造協議がもめたとき、CEAの委員長はLaura Tysonという(無名の)保護貿易主義者で、彼女が掲げたのが、このクルーグマンの「理論」だった。彼女の"Who's Bashing Whom"という日本たたきの本がベストセラーになったので読んでみたが、とても経済学といえる代物ではなかった。

それでもUSTRが「輸入の数値目標を出せ」と激しく迫るので、竹中平蔵氏をゲストにして「クローズアップ現代」でやったことがあります。親米派の竹中氏も、さすがにタイソンのわけのわからない話は説明に困り、「彼らの感情を理解する必要がある」と言っていました。その後、張本人のクルーグマンが"Foreign Affairs"で自由貿易を唱え始めたときは、頭に来ました。われわれはいったい何を「理解」しようとしていたのだろうか。

いま思えば、日本があれだけアメリカに敵視されていた時代がなつかしい。もうあんな時代は、よくも悪くも二度と来ないでしょう。そういえば、タイソンの本を国谷裕子さんに貸したままだ・・・
 
 
 
まとめてお答え (池田信夫)
2008-10-14 13:52:17
30分で書いた冗談が意外に大きな反響を呼んでTBも来たので、少し補足しておきます。

まぁ個人攻撃みたいな表現はよくなかったですね。別に本人が読むわけじゃないけど。ただ、上にも書いたように、彼の昔の「理論」で迷惑したので、むかついたんですよ。ほとんどの人が「インフレ目標」がらみで反応しているみたいだけど、あれは彼の正式の業績でもないし、授賞対象でもない。

もっと悪いのは、タイミングです。彼の"The Conscience of a Liberal"はブッシュ攻撃で埋め尽くされていて、まともな精神状態で書いたとは思えない。選挙の直前に、こういう「アメリカで2番目に党派的なコラムニスト」に授賞するのは、賞を政治利用していると思われてもしょうがない。平和賞ではよくあるけど、経済学賞もそうなるとすれば、やりきれないですね。

それから「ノーベル賞」が学問的真理の基準だと思っている人が多いようだけど、こんなものは世間的なお祭りにすぎない。物理学の益川氏が「うれしくない」と言ったのは学者としては当たり前で、本当の名誉は学問的発見が実証されることです。その意味で「50年間でノーベル賞30人」という文部科学省の目標は、俗物的で恥ずかしい。そろそろ日本も、ノーベル賞受賞者を神様みたいに扱う途上国根性を卒業したほうがいいんじゃないでしょうか。
 
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