危機管理産業展2005での石原慎太郎都知事・佐々淳行氏特別インタビュー(後編)

訓練で実感した法制度の危機への弱さ

佐々:
 みなさんは「国民保護法(※注)というのができたのはご存知でしょうか。この法律は、いわゆる有事法制です。武力攻撃や大規模テロにが起きた時に、「誰が空襲警報を出すのか」「誰が地域住民の避難を誘導するのか」「誰がその人たちに衣食住を提供して保護するのか」「大量の負傷者が出たときの緊急治療を誰が行うのか」といったことに対応するための法律です。

※「国民保護法」外国からの武力攻撃やテロ攻撃など有事の際での国や地方自治体の役割などを定める法律。具体的には、有事に際して政府が「緊急対処事態」を閣議決定し、国会が承認すると住民避難などが始まることから、これを円滑に進めるための手順や協力方法を定める。

 ところが、この法律ができた段階では“スケルトン法”でした。骨組みだけつくって、とにかく出しておこうということで、今年4月の閣議で、各地方自治体に1年以内で肉づけをしてもらうということが決まりました。

 そこで、各県市町村に危機管理官という職種ができて、できるだけ地方自治体でやろうという機運がいま盛り上がっています。

 石原都知事は、こういうこともあって9月1日に行った図上訓練、災害訓練では、何と「天然痘対策」までやったという。天然痘対策をすると、日本の法制度がいかに危機に弱いかということがわかったそうですが、具体的にはどんなことだったのでしょうか?

東京都知事 石原 慎太郎氏

石原:
 我々が行った「天然痘対策」のシミュレーションは、東京の通勤時間帯、朝か夕方のとても電車内が混み合う時に、地下鉄2カ所で、ロシアと米国しか保有していない天然痘の菌をテロリストがまいた。犯人はすぐに捕まって、「何時何分にどこで、どの車両でまいた」と自白したという設定でした。

 自白を元に、すぐにしなければならないのが、その電車に乗っていた人たちに対する情報伝達と警告です。それですぐに名乗り出てもらって、その人たちの身柄を場合によっては、2週間ぐらい拘束しなければいけない。

 なぜかというと天然痘は人によって、7日間から15日間という潜伏期間が違うからなんです。でも、そんなことは憲法に抵触して、とてもじゃないができないんですよ。

 一方で、東京都の担当幹部職員は、既存の法律を盾にして頑なに抵抗する。警察庁から来た当時の副知事なんかは「『何時何分のどの地下鉄のどの車両に、テロリストが天然痘菌を散布した』という情報を開示することは、社会的不安が起きるおそれから、いろいろ規制がかかる」と反発するわけです。だから、シミュレーションを通して、そういった法的な観点から起こりうる事態についても徹底的に討論もしましたよ。

 その結果、対策を打とうとすると、日本の憲法の過剰な人権保護に抵触して、個人の行動を拘束できないことがわかった。

 「あなたは、とにかく発病するのか、しないのかが確認できるまで、2週間は会社に出ちゃいかん」ということや、会社が「出社するな」ということがなかなかいえないわけです。

 また、発症の疑いがある人の氏名を公表すると、個人の人権を侵害するし、隣近所に迷惑がかかるといった、いろいろな問題があるので、それもできない。でも、本人や周りの安全のためには、せざるをえないはずなんですよ。

 結局、そういう問題に対して、現行の法制度では無理だから、知事や市長が決断して、自分の責任で超法規的な措置を取らなければいけないことが身にしみてわかった。だから、図上訓練とはいえ、決してバカにできず、いい体験をしたと思いますよ。

法律を超えなければ真の危機管理は実践できない

石原:
 さきほど(前編)もいいましたが「クライシス」というものは、今までありえなかった事態が突然、現出することです。それに対して人間は、右往左往するものなんです。しかし、そうなったときにいかにそれに冷静に対処するかが大事です。

 行政も、被害を最小限にするために、行政の責任で、強く厳しく、場合によっては過剰であるくらいの規制をする覚悟が必要です。

 例えば、米国では、カリフォルニアで地震が起きた時には、カリフォルニア州の軍総司令官が出てきて、TVの前で、「市民諸君、よく聞いてくれ。これからいうことを聞かなかったら、州兵が発砲してあなた方を殺害するぞ。だからこういうことをしちゃいかん。ああいうことをしちゃいかん」ということをいって聞かせるわけです。

 こういう姿勢を、私たちはどうやってこれから獲得していくかを考えなければならない。行政に携わる者として、ソフトの面というか、心構えとして持たなきゃならない。

 日本人は、変にインテリなものだから、すぐに既存の文書、つまり法律に頼ったり、それに準じれば責任逃れができると思ってしまう。とてもそんなことはできっこない。私たち行政の立場の者は、そういう覚悟を持って、リアリスティックに事態に対処していくしかないんだと、私はこの頃、改めて痛感しているんです。

佐々:
 石原都知事がおっしゃった、「いざという場合は知事の責任において、超法規で日本国民、都民の安全を守る」ということでは、政府が行った超法規的措置での大成功例があります。

<三原山噴火>
都内へ避難するため船に乗り込む島民(東京・伊豆大島の元町港)
(写真提供:時事通信。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)

 それは、大島の三原山の噴火災害時に断行した1万3000人の島民の緊急避難です。これは当時の中曽根首相、後藤田内閣官房長官、鈴木都知事のスクラムで実現したものです。

 話は変りますが、サリン事件の時は、知事が青島さん、総理は村山さんだった。2人とも事件に対して対応が後手に回ってどうしょうもない状況だった。それで警視庁と防衛庁が組んで「独断専行超法規」ということで、驚くなかれ「国家行政組織法第2条の官庁間相互協力で行こうよ」と連絡、話し合いをして、緊急対処を行ったから死者は12人で抑えられたということもありました。

 突発的な事件、事故、災害が起きて、石原都知事が超法規的な対応を行ったら、私もお手伝いするつもりです。けれどもできれば、平時からそうした突発的な事態に対応する法律、つまり基本法を準備しておく必要があると思います。

 なぜ小泉首相が296議席も取ることができたのか。石原都知事も第1回目の選挙では、確かあまり大した票ではなかった。でも、2回目は308万票も集めた。これは、決断をして責任を負うことで、自分たちを守ってくれる指揮命令がしっかりした“強い仕事をする”指導者を、今、国民が求め始めていることだと思います。つまり、国民の危機管理意識は今、非常に高まっている表れだと思うんですよ。

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