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【7】キングレコードの進出とコナミの選択

 前回の記事で、サイトロンレーベルの発足に際し、コナミだけは追随しなかった点に少しだけ触れた。
 今回は、そのコナミが選択した道について触れてみる。

 1988年、サイトロンレーベルが設立される前の段階で、コナミはレコード会社3社からアルバムを発売していた。
 うち2社は、以前の記事にも書いたGMO(アルファレコード)コンピュージック(アポロン音楽工業)。そして残りの1社は、コナミレーベル(キングレコード)だ。

 キングレコードのゲームミュージックとの関わりは、1986年から。あの『スーパーマリオブラザーズ』のヒットに乗じて、企画物レコードを発売したうちの一社にあたる(【3】1986年のゲームミュージック参照)。
 その後、1987年115日リリースのミュージック・フロム・イースを皮切りに、日本ファルコムの作品を中心としたパソコンゲームのサントラを精力的にリリースする。エニックスやT&Eソフトのサントラもリリースしていたが、メインストリームは完全に日本ファルコムの作品群であった。
 キングレコードの特徴的なこだわりとして、“CDのトラックを1曲単位で細かく分割”することが挙げられる。ひとつのゲームでもステージごとに異なる曲を用意した場合、総曲数は数十曲を超えることが当たり前だったゲームミュージック。しかし、CDは最大で99トラックまでしか割り振ることができない。そのため、複数のタイトルを収録したアルバムの場合、ゲーム1タイトルや同一ゲームの曲数曲に対して、トラックひとつを割り振るのが常であった。レコードやカセットテープと同様、当時はとあるゲームの特定の曲だけ聴きたい場合でも、いちいちCDの早送り・巻戻しを駆使して、その曲の頭出しをする必要があったのだ。キングレコードはその慣習を打ち破り、そのためにアルバムの総トラック数が50を超えることも珍しくなかった。

 コナミに話を戻すと、88年に発売されたサントラは以下のようになる。

 ●OVA沙羅曼蛇 (1988/2/21)
 ◎A-JAX~コナミ・ゲーム・ミュージックVOL.4 (1988/3/10)
 ●ミュージック・フロム・スーパー魂斗羅&A-JAX (1988/3/21)
 ★スペース・オデッセイ・グラディウスII~ゴーファーの野望 (1988/7/21)
 ●コナミ・ゲーム・ミュージック・コレクションVOL.1 (1988/8/5)
 ◎コナミ・ゲーム・ミュージック・スペシャル (1988/8/25)
 ★組曲グラディウス・ファンタジア (1988/11/21)
 ●OVA沙羅曼蛇~瞑想のパオラ (1988/12/21)
 ●OVA沙羅曼蛇~ゴーファーの野望 (1989/2/21)

 ●印がキングレコード、◎印がアルファレコード、★印がアポロン音楽工業からのリリースを、それぞれ表す。
 ここにある「OVA沙羅曼蛇」とは、当時コナミが作ったオリジナル・ビデオ・アニメーションのこと。キャラクターデザインに美樹本晴彦を迎えるなど、豪華なスタッフを集めてOVAに進出していたのだ。
 じつは前年の87年から、コナミは“KONAMI VIDEO COLLECTION”というシリーズ名で、「オリジナル・ゲームBGV」として『グラディウス』『ツインビー』などのゲームのビデオ作品をリリースしてい る。その後、同じシリーズでOVA『沙羅曼蛇』を3作制作し、88年2月・11月・89年2月と一年半かけて展開していた。
 このように、キングレコードとコナミの関係はOVAのサントラから始まっていた。
 しかし、興味深いのがその直後に発売された『ミュージック・フロム・スーパー魂斗羅&A-JAX』。GMOの『A-JAX~コナミ・ゲーム・ミュージックVOL.4』のリリースから二週間と経たずに発売されたこのアルバムは、人気作の『A-JAX』と、『~VOL.4』に収録されていない『スーパー魂斗羅』が収録されていた。ほぼ同時期の発売でありながら、この収録内容の違いに、当時のファンはどちらを買うべきか大いに悩まされることとなった。
 さらに、当時最大のキラータイトルであった『グラディウスII~ゴーファーの野望』のサントラにおいても、アポロン音楽工業の『スペース・オデッセイ・グラディウスII~ゴーファーの野望』とキングレコードの『コナミ・ゲーム・ミュージック・コレクションVOL.1』とでは、こちらも二週間ほどしか差がない。しかも収録タイトルの多さでは、キングレコードの方に軍配が上がっている。
 当時、『沙羅曼蛇』を収録したサントラが、GMOとコンピュージックの両方からリリースされたことはあった。しかし、この事例のようにリリース時期が極めて近接していたわけではない。このことから、キングレコードのコナミレーベルに対する入れ込みようが伺えるかもしれない。

 そして、こんな興味深い作品もある。

 ●沙羅曼蛇 (1988/3/21)
 ●グラディウスII~ゴーファーの野望 (1988/6/21)
 ●コナミ・シューティング・ベスト (1988/6/21)
 ●サンダークロス (1989/2/21)
 ●悪魔城ドラキュラ (1989/2/21)
 ●コナミ・ベストセレクション (1989/2/21)

 以上の6タイトルは、サイトロン制作・コナミ販売によるビデオである。『沙羅曼蛇』には、パッケージに“GAME SIMULATION VIDEO”という表記があり、他の5タイトルについても「G.S.V.」というロゴがついている。「G.S.V.」ロゴの付いた作品は、折しもサイトロンレーベル第1作目の『NINJA WARRIORS -G.S.M.TAITO 1-/ZUNTATA』と同じ日の発売。ある意味、コナミはサイトロンレーベルに参入していたとも言えるだろう。

 しかし、紆余曲折を経てコナミが最終的に選んだのは、キングレコードであった。
 1989年5月21日、約9ヶ月ぶりに発売されたゲームミュージック・アルバム『サンダークロス』を境に、コナミのCD・ビデオなどのメディアはキングレコードより独占的にリリースされるようになった。そして、キングレコードはコナミレーベルファルコムレーベルを二枚看板にして、90年代に黄金時代を築くことになるのだ。
 今にしてみれば、同じゲームのサントラが異なるレコード会社から、それも時期を同じくして複数リリースされるということは、異常事態と言えるだろう。当時のゲームミュージック界は、それだけ弱肉強食と言えたのかもしれないが、一歩間違えばいたずらに消費者の混乱を招くだけとも言える。
 過渡期ゆえの混乱と迷走――それも遠い記憶になってしまった。

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