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【社説】

週のはじめに考える 『重病説』と『テロ解除』

2008年10月13日

 北朝鮮の金正日総書記の健康悪化説が周辺国の関心を集めています。核放棄−北東アジアの安定に深くかかわるからです。混乱はないのか。

 「長年の悲願をついに実現した」−金総書記のしてやったりという表情が見えるようです。

 米政府による北朝鮮に対するテロ支援国家の指定解除は二十年九カ月ぶりです。

 「核の検証」の枠組みを受け入れた見返りですが、残りが少ないブッシュ政権が大幅に譲歩したため、「抜け穴」を残しています。

◆敵視撤回は「歴史的勝利」

 それもあり、金総書記にとってテロ解除は米国の敵視政策を撤回させた「歴史的勝利」です。

 同時に、対米交渉でのしたたかさは、国内でも口コミで伝わり始めた“重病説”を打ち消す格好の材料になりそうです。

 前日の十一日には、北朝鮮メディアは一斉に写真付きで「女性砲兵中隊を視察」と報じました。五十八日ぶりの活動公開です。これも健在誇示が狙いです。ただし動画ではありません。

 重病説のきっかけは、九月九日の建国六十周年という節目の閲兵式に姿を見せなかったためです。「軍事優先」を高く掲げる総書記にとって、最重要行事のはずです。

 周辺国からも多くの情報が漏れました。「八月十四日以降に倒れた」「後遺症がある」…。それに当年六十六歳。長年の徹夜の仕事や大量飲酒により、糖尿病などいくつかの持病があるようです。

 「北朝鮮では総書記の健康問題は国家の最高機密」

 独裁国家では、最高責任者の健康や生死は、権力構造そのものに影響を及ぼします。機密にせざるを得ません。

 八月に入ってほぼ連日あった動静報道が十四日以来、ぷっつり途切れたのも重病説の根拠です。

 これに対して朝鮮総連幹部は真っ向から否定します。

 「これまでも朝米関係が緊張したときは、動静が公表されないことはあった。今回は米国が約束したテロ支援国家の指定解除を実行しなかったからだ」

 八月十一日予定の「テロ解除」の解除先送りに激怒し、対米戦術を立て直すための時間稼ぎだったというわけです。

 確かに、今回の対米交渉には金総書記の指示があったはず。「脳卒中で倒れたのは間違いないが、政策判断には支障がない」。日朝関係筋はこうみています。

 ただ、九月になって、最大のメディア労働党機関紙「労働新聞」に気になる記事が出ました。

◆「私も人間、休みたい」

 「私も休みたい。最高司令官である前に人間であり、生活を愛している。しかし人民と人民軍将兵が大切なので、休むことなく革命の道を歩いている」(9・14)

 「百戦錬磨の霊将」など、スーパーマンぶりを強調するいつもの報道とは異質です。

 もう一つ。「前世代のように生きよう」という「政論」です。

 「革命は代を継いで継続する」「革命性の継承は革命の運命を左右するカギとなる」(9・23)

 「代を継ぐ」は世襲を意味します。金日成−金正日と続いた権力の後継者は未定です。

 一連の論文は、激務を続けるのが難しくなり、にわかに権力継承の必要性が高まったからとも読み取れます。やはり“健康悪化説”は捨てきれません。

 周辺国として懸念するのは、北朝鮮の不安定化です。

 一つは後継問題。金総書記の場合、カリスマ性のあった父親の下でも、後継指名から二十年の準備期間が必要でした。

 総書記には三人の息子がいます。それぞれに軍を含め支援勢力が付いているようですが、後継指名ともなれば、対立、抗争が激しくなる恐れもあります。世襲に反対する動きも出るでしょう。

 もう一つは強硬派の台頭です。

 独裁体制のもとで、最高責任者の統率力が衰えれば、取り巻きは柔軟姿勢より、強硬論を進言するのが常です。その方が独裁者の耳に入りやすいからです。

 このところ、核問題では核施設の無能力化停止、監視員の立ち入り禁止、再稼働の予告、と強硬姿勢が目立ちました。

◆危機管理に備えを

 三つ目は国民の動きです。

 当局は“重病説”の口コミ封じに懸命のようですが、目に見える形で健在ぶりを示さない限り、うわさは広がる一方です。

 原油や食料高騰のいま、国民生活は一層困難を増しています。権力の衰えを感じ取れば、日ごろの不満が噴出する恐れも。

 周辺国としては危機管理の備えが必要です。その最大の懸念は核です。近く始まる「核の検証」を「核放棄」につなげるため、何よりも連携が大切です。

 

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