月夜に気ままに遊びに来る程度の能力 (海魔気味)
 こつこつ、とか、こんこん、といった軽い音では無く、ごんごん、だった。控えめとは随分程遠いノックである。
今海馬がカードの整理をを行っているデスク(極々一般的な木の机だが、海馬はこう呼んでいる)は、入り口に背を向ける状態で置かれている。
最愛のモンスター、「青眼の白竜」の戦闘中の扱いについて真剣に思案している最中であったため、海馬は突然の来訪者に気分を悪くした。
そのため入り口を振り返ろうともせずに、海馬は普段の、つまり社長という役職についているときの調子で「開いている」と乱暴に声を投げた。
数秒後、ガチャリとドアノブが回され、豪快にドアが開かれた。必要以上の力で開かれたドアは壁に激突し、バンと大きな音を立てた。
自分でも予想外に大きな音がしたためだろうか、「ひぇー」と来訪者が呟いたのが聞こえた。
海馬が肩越しに来訪者を確認すると、ドアの向こうには黒白の魔法使い――霧雨魔理沙が立っていた。大げさに肩を竦め、少女は不満げに首を横に振る。

「遊びに来てやったぜ、海馬。
 それにしても、シカトとは良い度胸じゃないか。せめて『ようこそ』くらいは――」
「ようこそ、話しかけるな」
「………」

 魔理沙は盛大にわざとらしい溜息をついてから、「邪魔するぜ」と勝手に海馬の部屋へと上がりこんだ。
海馬も魔理沙に負けず劣らず盛大な溜息と、おまけに一つ舌打ちをつけ、再びデスク上のカード達へと視線を戻した。
それ以上海馬は魔理沙の方を振り向くことはなかったが、どうやら私の入室を本気で拒んでいるわけでは無いようだな――と魔理沙は直感した。
彼らの身近にいる人形遣いも、魔理沙が彼女の邸宅に遊びに行くと必ず海馬と似たような行動を取るが、決して少女の帰宅を心から望んでいるわけではないのだ。
迷惑千万だという顔こそすれど、それでも絶対に魔理沙を追い返そうとはしない。海馬も、帰れとは言わなかった。
だから多分、歓迎してくれてはいないようだが、取り合えず入室はオーケーされたようだ。魔理沙は帽子を弄くりながら、自分の考えを正当化することにした。

 部屋の中央に置かれた安っぽいソファに勢い良く腰掛け、それから魔理沙は興味深そうに部屋内を見回した。
部屋の隅にある、ソファと同じくチープなベッドの上には、アイテムの残数や所持金の増減を細かく記録した紙が、何枚か無造作に置かれている。
魔理沙はソファから立ち上がり、ベッドに近づくと、興味本位で紙を拾い上げた。そして、現在の所持金があまりに少ないことに驚愕した。
どうしてこんな状態になっているのか不思議に思い、ずっと記録を辿っていく。海馬の几帳面な字で記録されたそれは、大層読みやすかった。
彼女が書きなぐった、お手製の魔道書とは大違いだった。少女は自分の家に置いてきてしまった魔道書を思いながら、今度から海馬の記録の付け方を参考にしようと決めた。
 大幅に所持金が減っている日を見つけ、支出内訳を確認する。すると、チョココロネの購入量が並大抵ではない。
他のパン類がほんの数個ずつ購入してあるのに対し、チョココロネだけが桁違いに買い込まれていた。更に古い記録を探すと、同じような出費状況の日が幾日か認められた。
それらの紙を片手に、魔理沙は自分の記憶を手繰る。確かこれらの日は、自分が主力としてパーティに入っていたような、いなかったような。
そして勿論、自分が主に使用するのはマスタースパーク。マスタースパークによる魔力の消費は尋常でなく、当然自分が口に運ぶチョココロネの量も増え――
……そこまで考えると、魔理沙は何も見なかったことにして、紙を整えてベッドの上に置き、再びいそいそとソファに戻った。



 あたかも自室にいるかのようにソファで寛ぎながら、魔理沙は部屋の隅にひっそりと立っているコートハンガーに気付いた。
大層華奢なつくりで、足元が非常に不安定である。少しの振動で儚く倒れてしまいそうだ。
そんなハンガーに、海馬の良く手入れされた白いコートが、丁寧に掛けられている。
しかし、その質量のあるコートのせいで、ハンガーは大分しなっており、そのうち枝がポキリといってしまいそうだった。
相変わらずデスクでせっせと作業を進める海馬に、魔理沙は尋ねた。

「あのコートハンガー、どうしたんだ?私の部屋にはなかったな。EDFの人にわざわざ運び込ませたのか?」
「まさか。自分の足で借りに行った」
「偉いじゃないか。海馬にしては」
「やかましい」
「それにしても、お前のコートの重みのせいで、すぐ折れてしまいそうだな。大丈夫なのか、あれ」

 二ヤリと笑いながらの魔理沙の軽口に、海馬はふんと鼻を鳴らした。
カードを整理し終え、デスク上を手早く片付けると、海馬はここでようやく椅子の向きを変えて、魔理沙を見た。
普通の魔法少女は頬杖をついて、まだコートハンガーを観察していた。
相変わらず、少女は自分がスカートを穿いていることなどすっかり忘れているようで、大胆にソファの上に胡坐を掻いている。
ひょっとすると、自分が女であることすら忘れているのではないのか、こいつは。
人差し指でトントンと椅子の肘掛を叩きながら、海馬はしばらく魔理沙の姿勢について注意すべきかすまいかを思案した。
それからふと、自分が目の前の少女のこと、しかも大層下らないことで頭を悩ませていることが馬鹿馬鹿しくなった。

「ところで貴様、何をしに来たのだ」
「遊びに来てやったんだ。さっきも言っただろ?」
「俺のほかにも暇を持て余しているやつはたくさんいるだろうに。貴様の仲の良い人形遣いはどうした」
「海馬以外のやつはほとんど寝てしまっていたぜ。満月が綺麗な時間だしな」
「その満月が綺麗な時間に、貴様は他人の部屋に遊びに来たのか。早く寝ろ」
「目が冴えてしまったんだよ。最近疲れてしまって満足に空を飛んでいないから、ストレスかな」
「貴様にストレスがあるようには思えん」

 その名の通り、『鬼』教官のハートマンによる過酷なトレーニングのせいで、メンバーは例外なく毎日疲れ果てている。
確かに、体力の消耗が激しいために空を飛ぶ気力が湧かないことは分かるが、海馬にはどう見ても少女がストレスを溜め込む体質には見えなかった。
 壁にかけてある時計では、長身と短針が頂にて12時間ぶりの再会を果たそうとしていた。秒針の動くかすかな音が部屋に響く。
海馬は椅子から立ち上がると、備え付けてあった冷蔵庫を開け、EDF隊員から差し入れとして受け取ったスポーツ飲料の缶を取り出した。
そのまま、ひんやりと冷たいそれを後ろ手に放り投げる。数秒後、背後で「おわっ」と間抜けな声がした。缶が何かにぶつかった音はしなかった。
冷蔵庫の奥の方に冷えていたブラックコーヒーの缶も取り出し、海馬はソファに戻った。
腰掛けると、ふと隣の少女からの視線を感じた。魔理沙は、キャッチした缶を手に、困ったような顔で隣に座る海馬を見上げていた。
……スポーツ飲料は、好まないのであろうか。プルトップを引いて、コーヒーを口に含みながら海馬は考える。
安い缶コーヒーの苦味と酸っぱさが、舌に残る。不味いな、と思った。

「ああ、なるほど」

 魔理沙はそう呟くと、不慣れな手つきでプルトップを引き、缶を開けた。それからスポーツ飲料を一口飲んで、何事か満足そうに頷いた。
どうやら、缶の開け方を知らなかっただけであるようだ。魔理沙はよほどスポーツ飲料が余程気に入ったらしく、物珍しそうに缶を眺め回しつつ、中身を口にする。
あっという間に缶は空になり、少女は勝手に冷蔵庫を開けると、冷やしてあったもう一本の飲料を取り出すと、嬉しそうに缶を開けた。
海馬が文句を言おうと、片眉を上げて口を開きかけたところで、「貰ったぜ」と魔理沙が事後承諾を取った。
さも美味しそうにスポーツ飲料を口にする少女を見ているうちに、怒る気も失せてしまって、代わりに海馬は深く長い溜息をついた。
その溜息を軽くスルーして、魔理沙は感慨深げに言う。

「美味しいじゃないか、このジュース。もう一本貰っても良いか?」
「何本飲む気だ。やめておけ、これはジュースではない。スポーツ飲料だ」
「スポーツ……何だ?何か違うのか?」
「ああ。通常の清涼飲料水よりも糖類が多分に含まれている。そのままの調子で飲み続けていると、太るぞ」
「…太るのか」
「太るな」
「そーなのかー」

 闇を操る程度の能力を持つ、とある妖怪の真似をしながら――海馬にその物真似が通じるとは思えないが――魔理沙は控えめに缶に口をつけた。が、すぐに唇を離す。
それから、海馬が手にしているブラックコーヒーの缶と、自分が両手に持っている缶を交互に見つめた。
自分が握っている缶の側面に細かく記載されている成分表をしばらく見つめたあと、海馬の手の中を覗き込むようにして缶コーヒーの成分表を読んだ。

「お前はコーヒーなのか。糖分がほとんど入っていないな……なんだ、私もそっちにしたら良かったぜ」
「残念だな。この一本で最後だ」
「ちぇっ、じゃあそれとこれを交換しよう」

 言い終わるや否や、魔理沙は自分が半分飲み残した缶と、海馬が半分飲みかけた缶を素早く交換した。
海馬の目にも止まらぬ、ほんの僅かの間だった。次に海馬が視線を自分の手に移したときには、既にコーヒーの缶は少女の手にあった。
少女を制止する暇も何も無かった。とにかく一瞬の出来事だった。
魔理沙は海馬の手から盗った缶コーヒーを片手に立ち上がると、飲み終えたスポーツ飲料の缶をゴミ箱に放り投げる。
空中で綺麗な放物線を描くと、缶はポコンと音を立ててゴミ箱に収まった。
あまりに魔理沙の行動が素早かったため、状況が良く飲み込めていない海馬は、「分別をしろ」と訳の分からないことを呟いた。

「分別か、忘れていたな。相変わらずこっちのシステムは良く分からないぜ。
 じゃあ、これは貰っていくぞ。おやすみ、海馬」

 言い残すと、魔理沙はさっさと扉を開けて、海馬の部屋から出て行った。まるで嵐のような少女を、海馬は呆然と見送った。
少女が去っていった途端、部屋には静寂が戻ってきた。同時に海馬の思考回路も正常に戻ったようで、まずは少女の手癖の悪さに溜息が漏れた。
悶々としながら、海馬はソファから立ち上がった。部屋の中をうろうろと歩き回りながら、先ほどまでの出来事を考える。
――本当にあいつは一体、何をしに来たのだろうか。俺の作業の邪魔か?
ふと目について、少女が「折れそうだ」と指摘したハンガーからコートを外すと、重みから解放されたハンガーが軋んでかすかに音を立てた。
そして、あたかも自分の所有物であるかのように先ほどまで魔理沙が寛いでいたソファに、コートを丁寧に畳んで置いた。
好きなように部屋の中を見学し、あっという間に帰っていった少女のことを思い返しながら、全く一体なんと勝手なやつだ、と海馬は思った。
喉が渇いたが、缶コーヒーは魔法少女に奪われてしまったので、仕方なく手にしているスポーツ飲料に口をつけようとし――ある事実に気付いた。

(ちょっと待て、これはあの小娘が既に口をつけたものではないか!これは果たして飲んで良いのか?
 そしてあいつが持ち去ったのは、俺の缶コーヒー…!?くそっ)

 海馬は急いで自室のドアを開けて廊下を見回すが、既に少女はおろか、人の気配は無い。しんと静まったEDF本部の廊下を、蛍光灯が心もとなく照らしていた。
この数十分の間に何回ついたか知れない溜息を、もう一度深々とついてから、海馬はドアに凭れてしばし思案した。

(…しかし、あれが一体そういうことを懸念するとも思えん。きっと躊躇いも無くコーヒーを飲み干したのだろう。
 ということは、恐らく、俺がこのスポーツ飲料を口にしたところで、あの女が気にするとも思えん)

 温度差のせいで、缶の表面には水滴が付着していた。その水滴をハンカチで丁寧に拭き取りながら、海馬は唸った。
いっそ、この中身を全て捨ててしまえば――いや、そのように勿体の無いことは出来ん。
それでは誰か別の者に渡すか?――他人の飲みかけを好んで飲むやつが、一体このパーティメンバーの内にいるだろうか?…ああ、一人いたか。
海馬は金髪の少女がニヤリと笑っている姿を、瞬時に思い浮かべることが出来、それから頭を抱えた。
全く、あの女にはほとほと困ったものだ!どうして俺がこんなにも振り回されねばならんのだ!

 それから更に十分ほど、ドアに凭れたまま頭を悩ませ続けた結果。
海馬はハンカチで念入りに飲み口を拭いてから、スポーツ飲料を口にした。これは、地球と資源に優しくした結果なのだ。
そう自分に言い聞かせながらも、頬が微かに熱いことについては一体どう理由をつけたら良いのだろうか。
冷たい缶を額に当てながら、海馬は天を仰いで深々と嘆息した。
豆太
2008年08月15日(金) 21時35分36秒 公開
■この作品の著作権は豆太さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
海馬の缶コーヒーは魔理沙が阿部さんに渡して、彼が美味しく頂きました

…という設定もちょこっとあったのですが、没にしました。やっぱりこの二人は書いていて楽しいです。
もしかしたら少し修正するかも。

この作品の感想をお寄せください。
海馬は本当に素直じゃないなぁ……
実に彼らしいけど。GJ!

阿部さん労せずしていい思いだな。
50 斜刺 ■2008-08-27 16:20:02 61.208.235.28
没設定に笑わせてもらいましたww
魔理沙ブラック飲めるんでしょうかねww
間接キスね2828させてもらいましたw
一応気にしてたんだね社長wwかわいいじゃありませんかホントww
50 ノローリ ■2008-08-20 11:27:24 210.198.166.199
間接キス来たぜ!!w
何でだろう?ニヤつきが止まらないよww
50 ウィル ■2008-08-16 22:15:23 220.102.1.201
やはり魔理沙は誰と組ませても良いですな。

間接キス・・・魔理沙は指摘されて初めて気付くでしょうね。
そしてそそのかされれば慌てるか開き直るか・・・あぁ、いいなぁ。
50 暮雨 ■2008-08-15 23:44:27 119.30.206.204
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