そちらにゆくとき 1


・色々終わったあとです。本編とかそういうのが。
・メインは海馬。
・海馬のテンションが低いだって?そんなの海馬じゃないぜ!という方はお気をつけ下さい。
・もしかすると加筆とか修正とかちょこちょこあるかも知れません。
・ちょこっとかなりとても海魔。になる予定。苦手な方はお気をつけ下さい。
・王様ごめん。
・つづくよ。



+そちらにゆくとき 1+



  この旅が終わっても、寂しくなりそうもないな。お前はさ。
  だってお前には、最高のライバルがいるんだろ?羨ましいぜ。

 記憶の中の、金髪の少女の言葉を思い返しながら、海馬瀬人は静かに目を閉じていた。
――あの魔法使いに、俺は一体なんと返事をしたのだったかな。整えられたベッドに横たわって、海馬は記憶の糸を辿る。
しかし、その記憶の糸は、ぷつりと途切れてしまっていた。その先の会話を、彼はまったく思い出せなかった。
思い出せそうで思い出せない記憶は、とても歯痒かった。
 けれども、確かに、寂しいとは思わなかった。悲しいとも思わなかった。だから、海馬は魔法使いの予言は当たったと考えている。
旅が終わっても、一度もそんな類の感情を抱いたことなど無かった、そう思う。

「……ライバルか」

 簡単に思い描くことが出来た。瞼の裏に、彼の不敵な笑みがすぐさま浮かび上がる。
奇抜なファッションに身を包み、自信と数え切れないほどの謎に満ち溢れた、海馬の生涯最高のライバル、だった。

 ――そう、『彼』の存在が過去形になっていることすら、寂しいと感じたことは無かった。
ただ、日常に戻っただけなのだから。何ということは無い。全てが元の通りになっただけなのだ。
 『彼女』との別れも。『彼』との別れも。
一体何を寂しがることがあるというのだろうか。何も寂しいことなどない。悲しいと感じる必要も無い。


 全て、一番最初の状態に戻っただけなのだから。




 「兄サマ…疲れているのか?顔色が悪いようだけれど…風邪かな」

 いきなり視界に現れた弟の顔に、海馬はどきりとした。しかしすぐに取り繕うと、「大丈夫だ」と答えた。
ふと気が付けば、時計の針だけが進んでおり、パソコンの画面は、作業を開始したときから何の進展も見られない。
――まったく、いつから俺は意識を飛ばしていたのだろうか。どうして、こんなにも集中力を欠いていたのか。
海馬は溜息をつくと、ファイルを保存して(仕事は進んでいないが、すでに習慣として)電源を切った。
それから、不安げに兄の様子を伺うモクバの頭を、ぽんぽんと軽く叩いてやった。

 既に、日が傾きかけていた。美しく磨かれた窓から、橙色の光が真っ直ぐ部屋に差し込んでいる。少し眩しかった。
椅子から立ち上がり、ブラインドを下ろす。モクバが走り寄ってきて、兄の作業を手伝った。
しばらく、部屋にはブラインドを下ろすざらざらという音が響いて、それから再び、元の通り静かになった。

(そうだ、これと同じことだ)

 静寂を取り戻した室内で、海馬はふと考える。
 池に小石を投げ込めば、ちゃぷんと鳴ったあとに、波紋が広がる。波紋は広がり、やがて岸に到達する。
しばらくすると、そこに小石が投げ込まれた事実など無かったかのように、水面は再び沈黙する。それと同じことだ。

 そうだ、きっとそうだ。
『彼女』との出会いも、『彼』との出会いも、小石が池に投げ込まれた、ただそれだけ。
もう波紋は到達してしまった。もう水面は沈黙している。元の通り、静かな池に戻っただけなのだ。
俺が彼奴らと出会った事実など、無かったことに等しいということだ。今はもう、何の干渉もないのだから。

「あの…兄サマ、本当に大丈夫なのか?」

 再び、眼前に大切な弟の顔があった。モクバは、黙り込んでしまった兄を、心配そうに見つめていた。
自分の内側まで見通すような真っ直ぐな視線が、誰かを髣髴とさせて、思わず海馬は弟から露骨に視線を逸らした。
それがあまりに不自然で無礼な動作だということに気付き、デスクの書類を整理する振りをしようとして、書類を取り落とした。
モクバが急いで駆け寄り、落ちた書類をかき集めて兄に手渡した。海馬の妙な様子には、気付いていないようだった。

「……すまないな、モクバ。少し考え事をしていただけだ」
「あんまり無理したら身体を壊してしまうぜい、兄サマ。少し休んだらどう?」
「ああ、そうだな……今日はもう、切り上げるとしよう」
「ほ、本当!?やった!久しぶりに兄サマと一緒に夕食だぜい!」

 今日の夕食は、兄サマの好きなものにしてもらおうな!――
歳相応にはしゃぐ弟をうるさいと窘めながら、しかし海馬は胸中に存在する、奇妙な虚無感を感じていた。
一体この感情は何処から来ているのか?俺は一体何を求めているのだ?



 ――投げ込まれた小石は存在を失わず、ただ水底で静かにじっとしているだけなのだということを、海馬は気付かなかった。






  大体なあ、お前は少し意地を張りすぎなんだ。もう少し素直になった方が良いと思うぜ。
  きっとその方が、ずっと楽に生きていけるんじゃないか。
  おっ、他人が幸せになれそうな助言をするなんて、私は今てゐになった気分だ。なりたくはないが。


 …あの女の軽口は、いくらでも思い出せるな。印象が強烈だ。海馬は、ベッドの上で目を瞑り、ただ記憶の海をたゆたう。
 無数の記憶の中で、海馬が最初に出会ったのは、あの金髪の魔法使いとの記憶だった。
アイツは、はしたないという言葉を知っているのか知らないのか、スカート姿で堂々と胡坐を掻いて、俺に説教を垂れていた。
周囲には一体誰がいたのだろうか。まず、当然俺がいた。それと、あいつの友人の、人形遣いの娘もいた。
人形遣いの娘は、魔法使いが偉そうにしている隣に、ちょこんと座っていた。彼女の操る人形が淹れた紅茶を啜っていたと思う。
たまに魔法使いの行き過ぎた冗談を窘めながら、それでも楽しそうにそこにいた。

 あとは?――他には?
 あと、他にいた人間は、一体誰だった?


  その通りだな、お前はもっと素直になるべきだぜ。
  意固地になっていると、損することの方が多いはずだ……妥協した方が良いこともあるんだぜ。
  なあ、海馬。


 そう言って、あの少女の悪ふざけを助長していた男はどうした?俺は一体、それに何と返事をしたんだったか?
 ………わからない。

「……くそ…」

 小さく、海馬は呻いた。ベッドから身を起こすと、前髪をかき上げた。
一人では、思い出せそうにもない記憶だった。思い返す必要も無い記憶の筈なのに、なぜかその光景を掻き消すことが出来なかった。
不安にも似たような思いが、ぐるぐると渦を巻く。この感情は一体何だというのだ。
 今更あの旅の事を思い出したとして、一体何の意味があるというのか。それなのに、そんな無意味なことに、なぜ俺は囚われているのか。
 わからなかった。

(俺は、何もわからないのか)
(俺は、どうして何もわからないのだ)
(俺は、一体何がしたいのだ)

 海馬は、唇を噛んだ。様々な思いが浮かんだ。それらは消えていくことを知らず、いつまでも海馬の胸中に留まっていた。

 どうして俺は、たかが過去の出来事にこんなに執着しているのだろうか。どうして、あの少女の姿がちらつくのか。
 今更何がしたい?俺は一体、何を求めているのだろうか?

「……博麗…神社とか、言ったか………」

 海馬は呟き、ベッドを降り、それからデスクに歩み寄った。椅子に腰掛けると、長く息を吐く。奇妙な頭痛がしていた。

 博麗神社。この世界と彼女の世界――幻想郷の境目にあるという。ということは、この世界にも『博麗神社』は存在するのだろう。
それにしたって、聞いたことの無い名前だ。
もしかすると、この世界と幻想郷とでは、神社の名前自体が異なっているのかもしれない。
魔法使いの少女は「参拝客の少ない神社だ」と肩を竦めていたが、この世界ではもっとメジャーな神社であるかもしれない。
或いは、少女の知っている『博麗神社』と同じように、参拝客はおらず、廃れてしまった神社なのかもしれない。
 ……どこかに、神隠しや、そういう奇妙な事件の多発している地域は無かっただろうか。
その地域周辺に神社が存在している可能性が高いだろう。八雲紫が、たまに人間を幻想郷へ連れ込むと、少女たちから聞いたことがある。
それが神隠しとして言い伝えられているとすれば、或いは――

「っ……本当に、何を考えているんだ、俺は…」

 米神を親指で押しながら、海馬は深い溜息をついた。
そうだ、どうしてこんなに馬鹿げたことに、こんなにも思いを傾けているのか。存在すら曖昧な神社のことなど。
今更そんな神社を捜し求めて、一体何の利益があるのだ。もし発見できたとしても、それが何の得になるのだ。
何の意味も為さないではないか。

 全て、過去のことなのに。

豆太
2008年09月15日(月) 21時20分36秒 公開
■この作品の著作権は豆太さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
改行がやたら多くてごめんなさい。
あと海馬が海馬じゃなくてごめんなさい。

過去のことに囚われない主義の海馬が囚われちゃったよ!っていう話でした。
補足しないと本当にわからない話ですね、これ。どうもすみませんでした。

あと続き物初めてなんで、ちょっとずつやっていこうと思います。目指せ完結…

この作品の感想をお寄せください。
未来にしか見ていないと豪語した男がww
海魔理ですか、確かにここでだけ増えているような気も・・・
50 暮雨 ■2008-09-16 00:40:39 119.30.207.106
ここSS板限定ともいえますが、海魔理が増えているッ!
しかしこれどう発展するんで? コイバナかそうでないのか
想像がつかないと言わざるを(ry

あとモクバが年相応で可愛いですなー。他人に対しては
クソ生意気なガキんちょですが、兄に対しては……
30 斜刺 ■2008-09-15 23:05:51 220.96.210.14
合計 80
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