捜査段階の容疑者に国費で弁護士をつける被疑者国選弁護制度を巡り、元検事で岡山弁護士会所属の黒瀬文平弁護士(67)が受任した7事件のすべてで水増し請求を繰り返し、報酬を約20万円過大に受領していたことが分かった。06年10月の制度導入以来、水増し請求が発覚するのは初めて。制度を運用する日本司法支援センター(法テラス)は、岡山弁護士会への懲戒請求や岡山県警への刑事告訴を視野に本格的な調査を始めた。
報酬が多額であるのを疑問視した法テラス岡山(岡山市)が、調査に乗り出し、水増し請求が判明。通常こうした調査は行われず、報酬は請求通り支払われており、水増しは氷山の一角の可能性もある。法テラスや所管の法務省は対応を迫られそうだ。
関係者によると、報酬は1回目の接見を2万4000円、2回目以降を1回2万円とするなど接見回数を基本に算定される。黒瀬弁護士は07年初め~今年5月ごろ、受任した7件の刑事事件の報酬請求の際「被疑者国選弁護報告書」に、容疑者との接見回数が実際は3回だったのに5回と記載するなどして、法テラス岡山に提出した。法テラスは請求に基づき報酬を算定し、黒瀬弁護士の口座に振り込んだ。
法テラスから報告を受けた岡山弁護士会は8月、過大請求の疑いがあるとして国選弁護士への推薦停止を決定。所属弁護士会の推薦がない弁護士には事件が割り当てられないため黒瀬弁護士は8月以降、国選弁護を受任できなくなっている。
法テラスは近く、裁判官や検事、学者らで組織する「審査委員会」に黒瀬弁護士の処遇を諮問する。過大請求と認定されれば、国選弁護契約を3年間停止するとともに岡山弁護士会に懲戒請求を行う。「故意あるいは故意の疑いが強い」と判断すれば、詐欺容疑で岡山県警に告訴する。
黒瀬弁護士は毎日新聞の取材に「そういうことじゃない」と水増し請求を否定した。法テラスの調査には文書で「請求に誤りがあるかもしれないので確認してから連絡する」と回答したという。
黒瀬弁護士は早稲田大大学院を修了後の77年、愛知学院大助教授(商法)に就任。91年に副検事、95年に検事任官した。全国初の大学から検察官への転身で、名古屋区検、法務省法務総合研究所に勤務。97年退官し、00年弁護士登録した。【小林直、大場弘行】
【ことば】被疑者国選弁護
起訴後の国選弁護(被告人国選弁護)とは別に、起訴前の容疑者段階の強引な取り調べを防ぐ観点などから06年10月に導入された。殺人や強姦(ごうかん)など、死刑、無期懲役、または法定刑の下限が「懲役・禁固1年以上」の重大事件が対象で、預貯金の合計額が50万円以下など経済力が乏しかったり、私選弁護士に依頼を断られた場合に利用できる。弁護士報酬は日本司法支援センター(法テラス)を介して支払われ、昨年度の総額は3億~4億円とみられる。裁判員制度実施と同時(09年5月)に、対象事件が窃盗や傷害など法定刑の上限が懲役・禁固3年を超える事件に拡大される。
毎日新聞 2008年10月10日 2時30分(最終更新 10月10日 2時30分)