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今週の本棚:森谷正規・評 『誤解だらけの「危ない話」…』=小島正美・著

 ◇『誤解だらけの「危ない話」--食品添加物、遺伝子組み換え、BSEから電磁波まで』

 (エネルギーフォーラム・1260円)

 ◇不安あおる情報で損失を招かないために

 太田前農林水産大臣は汚染米について「ジタバタ騒いでいない」と発言したが、きわめて責任が重いはずの農林水産省のいい加減さを見事に言いつくす言葉で、呆(あき)れるばかりだ。だが汚染米ばかりではなく、食品などの安全性については、大騒ぎするマスメディアに乗せられて騒ぐことは、私たちはしないほうが良い。

 食品添加物、遺伝子組み換え作物、食品の残留農薬、BSE(牛海綿状脳症)、電磁波などについて、多くの人は何かしらの不安を抱いているだろう。しかしほとんどの場合、私たちの健康を害するリスクはほぼゼロだと、著者は言い切る。毎日新聞で環境や健康、食を長年にわたって担当してきた記者であり、その深い経験をもとに、安全についての誤解が溢(あふ)れている現状を改めるべきだと、真剣に思いを吐露している。

 中国産冷凍ギョーザの中毒事件の後、中国産食品の売上が急減したが、日本企業の指導で中国で生産される冷凍野菜、食品の安全レベルは非常に高く、日本より安全管理面ではすぐれている食品が多い。中国産ウナギを日本産と偽装する事件があって大騒ぎになり、突然、中国産が嫌われるようになったが、抗菌剤などの検査態勢は日本よりはるかに充実している。合成抗菌剤マラカイトグリーンが検出された事実はあったが、健康へのリスクは、生涯にわたって毎日、数十-数千キログラムものウナギを食べ続けてやっと影響が出るくらいの、ささいなリスクである。問題になる安全性はたいていこのようなレベルであり、著者はこうした現実を具体的に数字で示している。

 もっとも中国では、牛乳にメラミンを混入する考えられない事件が起きて、乳児に死亡者が出て、日本でもパンなどに入っていて大問題になった。だが、牛乳を毎日大量に飲む乳児と、つなぎにごく少量加えたパン類とは、リスクはまったく違う。

 中国の肩を持つつもりはないが、本当に危ないのか、まったくそうではないのかを、偏見なしに冷静に判断しないといけないと、私も考える。

 いま日本では、食品などが身体に及ぼす安全性についてきわめて厳しい基準が設定されていて、良いことなのだが、過剰に反応する嫌いがある。それはマスメディアの故であると、著者は断罪する。新聞、テレビが危ない、危ないと過度に報じていると、多くの具体的な事例を挙げている。公平に毎日新聞の例も他の新聞とともに出しているが、より罪が重いのはテレビであるようだ。

 テレビ朝日は今年の4月に、食品添加物の過剰摂取によって味蕾(みらい)が損なわれて味覚障害が生じ、さらに脳機能が低下してうつの人が増えるとの番組を放送したが、これは視聴者の不安に訴える質の低いセンセーショナルな番組であると厳しく批判する。制作者は、一人の専門家の意見をもとにして企画するが、どの食品添加物をどれほど摂取するのかなどを科学的に確かめることなく、番組を作ってしまう。テレビが問題であるのは、安全に関しては科学的であるべきことを忘れて、扇情的であることだ。一方、新聞記者は扇情的ではないが、科学的知識が薄いままに報じてしまうことが多いようだ。

 安全とマスメディアに関しては、根本的な問題があると著者は言う。新聞もテレビも「危険」が大好きだ。平穏では記事にならず、「危ない」を強調すれば、読んで貰(もら)える記事、見て貰える番組になる。つまり売れる商品になるのであり、「消費者の不安」を商売にしているのだと、思い切ったことを言う。

 それは一概に批判すべきことではなく、商品を買う私たちの問題でもある。「たいしたことはありません」という情報よりも、「恐れがあります」という情報に手が出てしまう。記者たちは、顧客の要望に応えるべく「危ない」方に傾いてしまう。

 そこで私たちは、確かに良い商品を提供されているのかを、冷静に考えないといけない。「危ない」情報で、損をさせられているのではないか。その典型的な例が、インフルエンザの予防接種だ。ショック死などの副作用を盛んに報じてワクチンの使用がほぼゼロになり、幼児の死亡がかなり増えた。また経済的な損失も多くの実例で示している。BSEでは、意味のない全頭検査に巨額の税金を投じており、遺伝子組み換えでない高いトウモロコシを餌に使うために牛肉や鶏卵が高価になる。

 一方で、いまの社会において健康リスクは非常に多い。喫煙、飲酒、ストレス、過労、食べ過ぎ、テレビゲームなどであり、こちらの方がはるかに重大問題である。その点も著者は繰り返し強調している。本当に重大であるのはいったい何なのか、考えたいものだ。

 そして食品などの安全性問題については、いかに対応すべきかを提案している。リスク情報機関の設置であり、団体、企業、消費者などがメディアの間違った報道を正す情報を提供し、それを公開して、メディアや消費者からの問い合わせに応じようというものだ。つまり、記者も消費者も、賢くなって欲しいと、小島さんは切に願っている。

毎日新聞 2008年10月12日 東京朝刊

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