さりげなく図書館の棚に並んでいたが、前書きを見てあぜん。これは紛れもなく「トンデモ本」である。真性トンデモ本に出会ったのは、実はこれが初めて。早速借りて読んでみる。
脳がくらくらします。
著者の久司道夫氏は、著者紹介によると「簡素で自然な正食を実践して健康と長寿を獲得する生き方」マクロビオティック理論の権威で、東京大学法学部卒業、同大学院修了。 物理学とは縁のない世界の人なのだが、彼の知識は幅広いらしく、原子物理学、素粒子学、天文学、生物学、医学、栄養学などに及んじゃっている。幅広いね。でも、数字には弱いようだ。
玄米の成分
水 15.5
蛋白質 17.4
脂肪 2.3
炭水化物 73.35
ミネラル1.3
(99ページ)
と書いてあるのだが、合計すると 109.85 になるんですけど(笑)
原子変換というと、恒星内の核融合とか、 放射性元素の崩壊とか、割と最近あった常温核融合とか、そういう話かと思った。しかし違う。彼は炭素から鉄を作ったのだ。電気だけで。金やプラチナも作れると書いてある。しかも簡単に。しかも、できちゃったから仕方がないのだ。うひー。
この本の根幹をなすのは、陰陽道なのだ。まず最初に陰陽道に乗っ取った、『「宇宙の秩序」の十二の法則』というのが出てくる。陰とは何か、陽とはという説明なのだが、なぜか九番目がない(笑)。八番目の次は十番目になっている。すでに最初から大きくこける。た、たまらない。
どのくらい脳がくらくらするのか。一部引用してみよう。
放射能は陰性ですから、陽性の"熱"は放射能の拡散を助長すると考えられます。
広島がたった一発の原爆によって完全に破壊されてしまった理由のひとつは、投下されたのが晴れた暑い日であったためです。もし原爆投下が冬の寒い日であったら、あそこまで破壊的ではなかったのではなかろうかと考えられます。
(36ページ)
日本は半年ねばれば冬になって原爆など怖くなかったのだろうか。広島の人が聞いたら怒るぞ。
次はちょっと長いけど、いろいろつっこみがいがあるので引用。
地球と太陽の実際の距離は、約一億五〇〇〇万キロあります。じつは、この距離は変化しています。現在の状態では、その平均が一億五〇〇〇万キロという事です。地球はゆっくりと太陽に近づいているので、実際に距離はだんだん短くなってきているといえます。
太陽系では、どの惑星もみんな太陽に向かって動いているのです。
(中略)
ずっと昔、地球は現在の木星の位置にあったのです。
(中略)
惑星は中間の領域から内側に移動するとき、小惑星帯を通ります。
小惑星帯には強い電磁気があり、中にたくさんの小さなかたまりがあって、それがとても速く動いてエネルギーを起こしているのです。
(中略)
太陽の放射能が増え、小惑星帯を通るときに電磁気がチャージされることで、生命ができ始めるわけです。
(中略)
地球が昔、、火星のあった位置から今の位置に移動するまでには、およそ三四億年から三六億年はかかったのです。生命体、それも微生物ではない生命体は、およそ三二億年くらい前にやっと地球上に現れたのです。
(中略)
今、地球が太陽に近づいているということは、何百万年後には地球上の元素は分解し始めるということです。太陽にどんどん近くなると、90番目以降の元素だけでなく、80番目以降からも、70番目以降からも、60番目以降からも元素がどんどん放射性元素になっていくでしょう。
(中略)
しまいには、すべての元素が放射性の頂点に達したら、地球は雲のようなものになってしまい、水素やヘリウム、酸素、窒素のような軽い元素だけになるでしょう。そしてついに地球は太陽に入って、水素爆発が起きるでしょう。それが太陽光線、太陽輻射なのです。
( 106ページ )
真面目につっこむ気力が失せるほどの素晴らしい内容。どういう根拠でこんな珍説が出てくるのか私にはわかりませんが、すべては『「宇宙の秩序」の十二の法則』で説明できるんでしょう。九番目はないけど(笑)。なにが水素爆発なのかわからないし、どうして太陽光線、太陽輻射なのかも私にはわかりませんが。
太陽に近づくと何でも放射性物質になるそうです。遠くなると逆で、ウランも放射性物質ではなくなるそうです。外惑星探査機、ボイジャーとかに積まれた核電池は、外惑星じゃきっと使えなかったんでしょうね。もう太陽系から出ちゃいましたけど。
他にも
地球から太陽までの距離を1AU(天文単位)とすると
( 104ページ)
「とすると」じゃなくて、そういうものなんです。たとえるなら「1メートルを100センチメートルとすると」と言っているようなもんですな。
面白いのは、太陽系を原子にたとえるシーン。太陽が陽子。惑星が中性子。彗星が電子なのだ。このたとえは珍しいと思う。普通、太陽が原子核で惑星が電子だよな。初めてみました。
天文学はこの辺にして、本筋の元素変換の話。なんと生体元素変換が大元だったのだ。カルシウムをほとんど含まない餌を鶏に与えても、卵の殻が形成される。これは体内で元素転換が行われているからだ、という説。これはびっくり。ちょっと資料がないので詳しいことはいえないんだけど、こんな大昔からネタにされていることを、今でも真剣に扱っている人がいるなんて新鮮な驚き。しかも、人間の体内でも元素転換が行われていて、「マグネシウムは体内でカルシウムに変化するので、ミルクなどを飲む必要はない」とか、「赤血球内で窒素が酸素に変換され」とか、こりゃもう猛烈。
この人の実験は、炭素と炭素に電圧をかけてプラズマ化させると鉄ができるというのだ。炭素のるつぼに電極をつけ、炭素棒にも電極をつけ、溶接用の電源を接続すると、磁石にくっつくものができたんだそうだ。顕微鏡で見ても鉄っぽいらしい。はぁ、そうですか。久司氏は純度100%の炭素棒とるつぼを求めたが、どこをさがしても100%炭素が見つからなくて憤慨していた。そんなこと言われてもなぁ。純度100%を保証する方が無理ですよ。金だって無理なんだし。
私には、どこがどう間違っているのか、実験したわけでもないのでなにもいえない。でもなぁ、この本を読んだら、どんな実験でも信用できないですよ、私には。
炭素から鉄が簡単にできた。これが本当ならものすごいことなのだが、本誌では扱いが低い。本誌の目的はあくまでも『「宇宙の秩序」の十二の法則』の普及なのだ。くどいようだが九番目はないけど。
この法則を応用するとこんな事ができる、って事例がいくつも載っていた。しかしどの項目にも悲しい共通点がある。どれも実践していないのだ。実践すれば結果はすぐ分かるんだろうけど、していないから間違いに気がつかない。たとえば、もしワットが宇宙の秩序を知っていれば、蒸気機関はもっと改良できたという。
試験管に半分水を入れて、それをコルクか何かできつく蓋をして、その水が沸騰するまで熱したら、その水蒸気の力で蓋はポンと飛び出します。これがワットが用いた原理です。
しかし、その水が沸騰する前に、水がある程度熱くなったら、試験管を傾けてみます。試験管の底の方にあるお湯が蓋につくところまで傾けたら、蓋は飛び出すのです。水が沸騰する必要はないのです。
(中略)
熱湯の力、特に底のほうにある熱湯の力はとても大きいのです。
( 118ページ)
たぶん、底の方にある熱湯は凄く熱いんでしょうな。実験したんだろうか。
最後の方では、はくをつけるために、本職の科学者へのインタビューが載っていた。相手は、北海道大学工学部、水野忠彦博士。インターネットで調べてみると、北海道大学工学部原子工学科助手(工学博士)らしい。常温核融合の研究者として有名らしい。infoseekで調べてみたら、結構ヒットした。ただ、サイバーXという雑誌(I/O別冊)に、飛鳥昭雄氏と一緒に紹介されているところなんかが、ちょっとアレな感じです。
インタビューの内容は、久司氏の実験にはいっさいふれず、単に常温核融合は存在するんだという説明だけ。久司氏の実験を裏付けるものは全くなく、実にもったいない。しかし水野氏も良いことを書いている。
事実を認めて、その論理モデルを考えるのが科学者の仕事ですが、大半の科学者は、はじめに法則あり、なのです。法則に合致しないものはありえない。実験方法が間違っているのだ、という「科学の理論教」の信者なのです。
その通り。結果があって法則が生まれるのであり、先に法則があるのは間違いだ。 だからこそ、最初に何の説明もなく『「宇宙の秩序」の十二の法則』なんてのが出てくるのは問題なのだ。しかも九番目はないし。
出版元の三五館。もしかして自費出版の会社かと思った。それはなぜか。奥付の発行日が変だったからだ。1996年7月7日と書いてあるところの上にシールを貼って訂正してあるからだ。大事な法則の九番目が抜けていても気がつかない校正といい、まともな出版社じゃないのではと思ったのだ。でも、書店で平積みされているような本も出しているようだし、なんだかよくわからない。
興味があれば、この本を取り寄せることも可能だろう。ただ、気をつけて読んで欲しい。脳がくらくらするような記述が1ページに一カ所くらいあるので、一気に読むと危険かもしれない。
なぜか知らないが、久司氏のHPにある著作リストには、この本は入っていなかった。HPには『無限宇宙<12の変化の法則>』という記述があって、ちゃんと12個あった。よかった。でも、同じページに『宇宙の秩序<7つの法則>』ってのもある。宇宙の秩序、本当はいくつなんだろう。
久司ヘルスメニュー http://www.wing.ne.jp/pub/kushi/entrance.htm
原子転換というヒント
久司道夫著 日本CI協会編 1997年7月7日 初版発行
三五館 1300円
ISBN4-88320-115-5