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【断 久坂部羊】「後期高齢者」で何が悪い
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後期高齢者医療制度は、まずそのネーミングが問題になった。しかし福祉の分野では、以前から75歳以上の人は「後期高齢者」と呼ばれていた。それが医療の世界に持ち込まれたとたんに、大きな反発を呼んだのはなぜか。
「後期だなんて、早く死ねといわんばかりだ」という意見もあったが、名づけた側はもちろんそんなつもりはなかっただろう。
老人医療の現場にいる私は、長生きしすぎて苦しんでいる人や、早く「お迎え」が来ないかと待ち望んでいる人が少なくないことを知っている。その困難な現実から、目を逸(そ)らすわけにはいかない。
75歳以上の人は、どう見ても「後期」である。それを「新老人」とか「シルバーエイジ」などと言い換えてみても、私には言葉の欺瞞(ぎまん)としか思えない。
大切なのは呼び名などではなく、高齢者を大切にする心だろう。若い世代は、高齢者を敬う心を持たなければならい。同時に、高齢者も若い世代から大切にされ、敬われる努力が必要ではないだろうか。呼び名ごときに神経質になっていては、逆に状況を悪化させる。
だいたい日本語には言葉が多すぎる。「老人」「高齢者」「年寄り」「年輩者」「爺」「婆」「おい×れ」等々。
私事で恐縮だが、現在82歳の私の父は、この医療制度が導入されたとき、「自分は後期高齢者ではない」と言った。「じゃあ何?」と聞くと、ニヤリと笑い、「末期高齢者だ」と答えた。
そういう老人に敬意を表したくなるのは、私だけだろうか。(医師・作家)