人に教えたくない店 [397]
大阪の味付けは甘くていけない。
寿司はやっぱり江戸前に限る
中村芝翫さん
歌舞伎役者の女形ですから、一通りの家事はできますよ。お茶をいれたり、縫い物をしたりね。ご飯を炊くならガスじゃなくて、薪に火をつけるところからやります。
でも、役のうえではただ家事ができるだけではだめなんです。お茶を注ぐにしても、長屋のおかみさんや芸者など、役柄の違いで表現を変えなければなりません。
しかも、舞台では相手役がいますから、相手の癖を察知してそれに合わせる必要もあります。夫婦を演じるときは、旦那様役も人間ですからそれぞれ癖があり、羽織を着るにしても右から着る人と左から着る人がいます。奥さんであれば当然その癖を知っているはず。女役は旦那様役の癖も覚えておいて、左右間違えないよう羽織を着せる芝居をしなければなりません。そういう濃やかな心遣いは、夫婦間の愛情を表現するうえではとても大切です。
最近は、歌舞伎のビデオやDVDが出ていますから、セリフや型がある程度までは簡単に学べます。でも、花道に置いてある置物をひっかけないための袴のはき方やお面の継ぎ目がお客様に見えないように踊ることなど、映像だけではわからない企業秘密がたくさんあるんです。
映像を模写するだけでは、模写した人以上にはなれません。細かなテクニックも含めて伝統をしっかり継承すること。そのうえで少しずつ自分なりの工夫を加えていくことが大切です。
こちらの「きよ本」にうかがうようになったのも、僕が30年以上ひいきにしていた「なか田」の先代から継承されたものを、しっかり会得されているのを感じたからです。シャリの硬さやお酢の加減など、寿司屋でいうところの企業秘密を引き継いでいるわけです。しかも、僕の好みも心得ていて、気の利いたものをササッと出してくださる。寿司はやっぱり江戸前がいい。大阪に行っても、お寿司は口に合わないので食べません。そういっちゃ悪いけど、味付けが甘すぎる。
どじょうが食べたくなると出かけるのが、江戸時代からの伝統を引き継ぐ「駒形どぜう」さんです。僕は特別扱いされるのが心底嫌いなので、昔はお店の人にわからないようにできるだけ背中を向けて座っていたんですが、あるとき見つかっちゃって(笑)。今ではすっかり仲良くさせていただき、家族で食べに行くこともあります。
親子で同じ商売をやるのは難しいものです。息子たち(福助、橋之助)、とくに同じ女形の福助には教えにくい。まだ、一代置いた孫(勘太郎、七之助)のほうが教えやすい。稽古をつけるときにだけ、「お祖父様……」なんて具合に突然言葉遣いが変わります。可愛いもんです(笑)。
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