十数年前、岡山県で農業を営むAさんの発言が新聞で報道され、話題を呼んだことがある。「コメ一俵(六十キロ)の価格が一万円でも食っていける」という内容だった。
当時、コメについては政府買い入れ価格(生産者米価)というものがあり、一俵一万六千円程度に設定されていた。専業だけでなく兼業、高齢農家も含めたすべての生産者を対象にした取引価格である。
Aさんは百ヘクタール近くの農地で主にコメを作っていた。農家一戸当たりの平均農地面積は一ヘクタール余り。大規模農家のAさんは、生産者米価を大幅に下回るコストでコメを生産していた。
ただ、悩みも深かった。農地の大半は借地で、数十カ所に分散していた。遠い所は車で一時間もかかる。「農地が近くにまとまっていたら、米価が一万円以下でも楽に食っていけるのに」と語っていた。
日本の農産物が高いのは、国土が狭いから仕方ないと言う人が多い。だが、日本と国の広さが似ているEU諸国の農家一戸当たりの農地面積は、日本の約十倍もある。日本は各農家の農地が狭い上に、効率的な貸し借りや売買が進まないため、生産コストがかさむ大きな要因になっている。
根本的な課題は手付かず状態のままだ。総選挙を控えた今も、政治の世界から説得力のある対策は何も聞こえてこない。