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社説

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世界の株安―資本注入へと踏み出せ

 株安の津波が世界の市場を襲っている。日米の平均株価が相次ぎ「1万」の大台を大きく割り込み、欧州やアジアでも大幅に下落した。

 先週末に米国で、金融機関の不良資産を政府が買い取る法律がやっと成立した。だが、市場はその効果を疑問視し、金融機関に公的資本を直接注入することを求めている。危機が飛び火した欧州でも、効果的な対策を打ち出せずに、もたついている。

 株安は金融不安が極度に高まったことを示している。それに加えて、世界的に景気が冷え込むのを先取りしている点で根が深い。危機の連鎖を防ぐため、欧米の6中央銀行はきのう協調して政策金利を引き下げた。

 90年代の日本がバブル崩壊による不況に苦しんだとき、「複合不況」とよばれた。不良債権で窮地に立った銀行が企業に対して貸し渋り・貸しはがしに走ったことで不況が進み、それがまた不良債権を増やす。金融危機と需要減退が複合し、そうした悪循環が不況を深めていった。

 この複合不況が、これから欧米を震源に世界的な規模で押し寄せてくる。株安はその予兆ではなかろうか。

 米国では、ウォール街で発生した金融危機の嵐が実体経済へ及んできた。9月の自動車販売は前年より26%も落ち込んだ。貸し渋りは、企業だけでなく個人向けへも広がってきた。米国民は借金漬けで消費をふくらませてきた面が強いだけに、消費が大幅に落ち込むことになるかもしれない。

 欧州も不動産市況の悪化、金融収縮と景気後退の悪循環が鮮明だ。

 自動車や電器の輸出に頼ってバブル不況から脱出してきた日本も苦しくなる。内需を拡大といっても、特効薬がすぐにあるわけではない。

 日本は複合不況の時代に、財政出動による単純な需要拡大策を優先し、金融機関への資本注入を後回しにした。その結果、金融収縮と不況との悪循環が拡大して10年を失った。

 日本銀行の白川方明総裁はおとといの記者会見で、当時の教訓として「銀行の資本不足の解決なくして、景気回復はない」と振り返った。

 危機に直面している欧米諸国が、まず金融システムを守り、貸し渋りを防いで、金融収縮と景気後退の複合を食い止める。そのために公的資金の投入へ大胆に踏み出す――。これがいま最優先で取り組むべきことだ。

 英政府はきのう、約9兆円の公的資本を銀行へ注入する救済策を発表した。各国とも資本注入策を模索しているようだ。日本はバブル処理に苦闘した経験者として、そうした対策を強力に働きかけることが大切だ。

 今週末には7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)が開かれる。まずはこの会議がその場になるだろう。

下村氏受賞―これぞ基礎研究の輝き

 なんと2日連続の朗報だ。ノーベル物理学賞の興奮さめやらぬ間に、こんどは米ウッズホール海洋生物学研究所の元上席研究員、下村脩さんがノーベル化学賞を受賞することになった。

 下村さんは、海の中で光るオワンクラゲがもつ緑色蛍光たんぱく質(GFP)を見つけた。この物質で目印をつけておけば、細胞の中で生命活動を担うたんぱく質の動きをたやすく観察できる。GFPはいまや、世界中の研究室で欠かせない「道具」だ。

 下村さんは便利な道具を開発するために研究を始めたわけではない。なぜ生物は光るのか、という素朴な疑問から発光のメカニズムを追いかけて、たどりついた物質が幅広い研究の道具に使えることがわかった。基礎研究の成果がどんな応用につながるのかは予想がつかない。

 物理学賞の南部陽一郎さん、小林誠さん、益川敏英さんも素粒子物理学という基礎科学だった。02年に続く物理学賞・化学賞のダブル受賞で、日本の科学の底力を世界に印象づけた。

 とはいえ、それは必ずしも「いま」の実力ではない。

 下村さんがGFPを見つけたのは1960年代だ。小林さんと益川さんの仕事は35年前だし、南部さんの業績は半世紀もさかのぼる。4人がそうだったように、ノーベル賞につながる独創的な研究は多くの場合、20代や30代ぐらいの若いときに生み出される。

 いま優秀な若手をいかに育て、かれらが存分に力を発揮できる環境を整えるか。優れた研究をどれだけ支援していくのか。それが日本の未来の科学力を左右する。

 06〜10年度の第3期科学技術基本計画は、研究開発予算の目標として計25兆円を掲げている。07年度は3.5兆円で、米国の17兆円や欧州連合の12兆円、中国の10兆円に見劣りがする。もっと思い切った投資がほしい。

 さらに問題は、厳しい財政事情の下で、すぐに実用化できそうな応用研究に予算が集中し、何に役立つのかわかりにくい基礎研究に対しては投資が少なくなりがちなことだ。日本学術会議はこの8月、「基礎研究の基盤をおろそかにすれば、長期的には我が国の科学技術政策に危機的な状況を生み出す」と訴えた。

 予算の配分にあたっては、「基礎研究の土台なしに応用研究の発展はありえない」という意識がほしい。

 最後にものをいうのは人材だ。自然の不思議を追いかける楽しさや答えを見つけた時の喜びを幼いころから体感させる。柔軟な発想や思考を伸ばす。子どもたちの理科離れ、学生の理系離れがいわれる今こそ、そうした教育を工夫すべきだ。

 4人の受賞を、日本の科学研究や教育の環境を改善する機会にしたい。

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