きまぐれな日々

昨日のエントリの続きで、映画 『靖国 YASUKUNI』 の批評の後半。

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映画は後半に入って、李纓(リ・イン)監督の訴えたいことが徐々に前面に出てくる。

浄土真宗の僧侶・菅原龍憲さんが、靖国神社に勝手に祀られた亡父の合祀解除を求める主張を展開し、同じく日本軍のために戦って戦死した父親を靖国に勝手に祀られた台湾原住民(タイヤル族)女性の高金素梅(民族名チワス・アリ)さんが靖国に出向いて合祀解除を求める。

高金素梅さんは、昨日のエントリで紹介した高橋哲哉著 『靖国問題』 (ちくま新書、2005年)でも紹介されていたので、その活動を知っていたが、高金さんと菅原さんはともに靖国神社を相手取った訴訟の原告になっている。右翼はそれを槍玉に挙げて、「『靖国』は反日映画だ」と大騒ぎしているらしい。

台湾原住民は、戦前の日本では「高砂族」と呼ばれ、戦時中は「高砂義勇兵」として日本軍の戦争に駆り出された。右翼は、「高砂族は自発的に義勇兵に加わったのであって、靖国に抗議するなど本来あり得ない。そんな輩は中共とつながっているのではないか」などと言うのだが、本当の民族主義者なら、どうして他の民族にも同じ心情があるという想像ができないのか。そんな精神を持っているのは日本人だけで、他の民族は日本人に家来として仕えなければならないとでも思っているのか。なんという想像力の貧困だろう。漢族(中国人)と日本人の両方に侵略されて民族本来の名前を奪われ、日本軍に駆り出されて戦死したあげく、勝手に靖国なんかに祀られて英霊として顕彰されて、誰が嬉しいものか。そんなことは誰にだって想像できる。

映画の終わりの方で、南京における日本軍兵士の「百人斬り」が取り上げられる。当初この映画を絶賛していた田原総一朗は、5月3日付の朝日新聞で、「日本兵が刀で捕虜らを斬りつける写真が登場する。これは本当のものか疑惑が指摘されているもので、使ったことは疑問だ」と批判している。

「百人斬り」をしようとしても、何人かを斬ったら刀が刃こぼれして斬れなくなってしまうはずだ、というのが「百人斬り」否定説の最大の根拠になっている。私も、百人を斬ったというのはさすがに誇張だろうと想像はしている。だが、人の骨を斬ったら刃こぼれするのかと訊かれた刀匠の刈谷直治さんは、「刃こぼれなどしない、靖国刀は機関銃を真っ二つにすることだってできる」と答える。

右翼はこの場面をとらえて、刀匠から百人斬りが可能であるとの言葉を引き出すのが、李監督が映画を制作した真の目的なのだろうと言うのだが、それは勘繰り過ぎというものだ。

映画のラストで、刀匠は、徳川(水戸)光圀が作ったと伝えられる(実は偽作らしいが)「日本刀を詠ず」という歌を朗々と吟じる。この歌は、「容易に汚す勿(なか)れ 日本刀」という一節で結ばれる。だが、現実には戦争で日本刀は汚された。仮に百人斬りの報道に誇張があったにせよ、日本軍が犯した戦争犯罪は永遠に消えない。

刀匠は、李監督に小泉首相(当時)の靖国神社参拝をどう思うかと訊かれて、「私は小泉さんと同じ」と答え、「戦争で死んだ人たちを追悼し、二度と戦争を起こさせないために参拝する」との見解を示した。しかし、刀匠の願いとは裏腹に、現実の靖国神社は英霊を顕彰し、戦争を賛美するための施設なのだ。その落差は、光圀に「容易に汚す勿れ」と詠われた日本刀がいとも簡単に汚されたことと相まって、見る者をなんともいえずやり切れない気持ちにさせる。

昨日、この映画の構成がムソルグスキーの「展覧会の絵」を思わせると書いた。「展覧会の絵」もまた、ムソルグスキーが若くして亡くなった友人の画家、ヴィクトル・ハルトマンを悼んで作曲した音楽だが、この曲は、壮麗な「キエフの大門」で結ばれる。

これに対し、『靖国』のエンディングに用いられた音楽は、現代ポーランドの作曲家、ヘンリク・グレツキ(1933-)が1976年に作曲した「悲歌のシンフォニー」(交響曲第3番 作品36)の第2楽章だ。この曲は、1992年にイギリスでポップスのヒットチャートのトップ10に入ったことで話題になった。日本でも1993年にCDが発売され、私も当時それを買っていたので聴き覚えがあった。だから、映画を見ながらそれを思い出し、エンディングの字幕を見て記憶に誤りがなかったことを確認した。

グレツキは、オシュウェンツィム(ドイツ名・アウシュヴィッツ)の近くにあるチェルニツァで生まれた。「悲歌のシンフォニー」はそのせいもあってか、レクィエム(鎮魂曲)の性格を持った音楽だ。映画に用いられた第2楽章は、ザコパネにあるゲシュタポの強制収容所の壁に書きつけられた詩に音楽をつけたもので、ソプラノの独唱によって歌われる。下記に、手元にあるこの曲のCDから歌詞を転記する。

お母さま、どうか泣かないでください。
天のいと清らかな女王さま、
どうかわたしをいつも助けてくださるよう。
アヴェ・マリア。

[ナチス・ドイツ秘密警察の本部があったザコパネの「パレス」で、第3独房の第3壁に刻み込まれた祈り。その下に、ヘレナ・ヴァンダ・ブワジュシャクヴナの署名があり、18歳、1944年9月25日より投獄される、と書かれている]

(歌詞対訳:沼野充義)

詩を作ったユダヤ人少女ヘレナは、健在なら今年82歳。彼女がたどった運命について調べてみたが、確認することはできなかった。おそらく、幸運は彼女には訪れなかったと想像される。

曲は、清澄で、慰めに満ちた序奏のあと、同じ歌詞が二度歌われる。最初は暗く憂鬱に閉ざされているが、序奏が再び現れたあとの二度目は、天国への憧れを思わせる調べになる。これは、刀匠、刈谷直治さん思いにも通じる、戦争で犠牲になった人たちを慰霊し、二度と戦争が起きないよう祈る音楽だ。エンディングに、刀匠の詩吟や南京虐殺の写真とともにこの音楽を用いたことに、李監督の思いが集約されている。実に印象的なエンディングだった。


[付録]

グレツキ 「悲歌のシンフォニー」 (交響曲第3番 作品36)より第2楽章



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kojitakenさま

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2008.05.21 13:34 URL | 死ぬのはやつらだ #90LdKUd6 [ 編集 ]

ただのデモ野郎と底が知れたあの浅はかな米国人監督と同じ手法ですね。正直がっかりしました。
もうこそこそ撮り過ぎ。
「反日映画では無い。日本人に対するラブレターです」って浅はかな言い訳。実に情けない。監督の熱意は、稚拙な編集から純粋なものを感じたが、何せ扱ったテーマに監督の技量と知識と経験が追い付いていない。実際に監督本人も途中からえらいテーマに手を出したと後悔したのか映画後半から補正解釈に転換。(笑)

2008.05.21 20:31 URL | はしげた #cZbWyr9s [ 編集 ]

【靖国神社の本質は、東北史との対比でのみ明らかになる】

>仮に百人斬りの報道に誇張があったにせよ、日本軍が犯した戦争犯罪は永遠に消えない。

まぁそうかも知れませんが・・・

でも、靖国神社の本質は太平洋戦争の評価をめぐる問題では明らかになりませんよ。
その創建に遡り、そもそも戊辰戦争における薩長西軍兵士のためだけの鎮魂の社であることを問題視すべきです。

巨大な大村益次郎が東北をにらみつけている限り、私たち東北人は靖国神社の存在そのものを許せません。

特に、私は岩手県民ですので、靖国神社の名前の字を見るだけで、当時の薩長西軍への怒りと憎しみで自分が爆発しそうになります。

これが戦争で負けた側、殺された側の心です。
東條さんや板垣さんの霊も靖国神社に祭られてしまって、さぞや屈辱に感じていることでしょう。

こういう面を掘り下げられていない映画靖国神社は、私にとってはやはりどうでも良いものだったようです。

2008.05.22 01:22 URL | Sonic #GCA3nAmE [ 編集 ]

靖国神社に眠っている魂は『天皇陛下や国家の為に散った』と表現されます。
私以外の方もそうかもしれませんが、やはり『犬死だった』ことを政府のトップが認めることが出来れば、画期的なことでしょう。

アメリカはベトナム戦争を大国故に敗戦とは認めていません。

敗戦を率直に認めて『自衛力は持つが決して他国を攻めない誇り高き日本』というスタンスを保守の方に堅持して欲しいと願ってやみません。

2008.05.22 01:53 URL | 葉隠 #CRmGiUQU [ 編集 ]













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