疑心暗鬼がまん延する為替市場、気配値逆転の異常事態も

2008年 10月 9日 20:32 JST
 
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 基太村 真司記者

 [東京 9日 ロイター] 現在ドルの売り気配値は100.30円。しかし買い気配値は、それを上回る100.32円――。世界中のマネーが通り抜ける為替市場では金融危機の発生以降、「リスク回避」の名の下に疑心暗鬼ムードがまん延。買い気配値が売り気配値を上回るなど、通常では考えられない現象が次々に発生している。

 乱高下を繰り返す相場には、リスクテイクを生業とするプロの為替ディーラーも防戦一辺倒。荒れ放題の市場が落ち着く気配は見えない。

 <カウンターパーティリスクで取引を制限>

 1日に200兆円超の巨額取引が行われる為替市場の中核とも言える銀行間取引では、売り気配値と買い気配値の格差は通常、ドル/円で数銭程度。大台超えやテクニカル上の重要ポイントなど売買が活発になる局面では、その差は1銭まで詰まる。プロのディーラーは相場の行方を読んで売買するのはもちろん、他行より1銭でも好条件のレートを顧客に提示することにしのぎを削りあうため、主要通貨の売買気配値は非常に狭い。

 そんな「1銭の奪い合い」に躍起になる為替市場で金融危機以降に起こっているのが、売買気配値が逆転する異常現象だ。通常の取引では当然、買い注文の水準は売り注文より低い。しかし大手金融機関の破たんや国有化が相次いだことで、市場は取引相手金融機関の不履行リスクという「カウンターパーティリスク」を強く意識。リスクが高いと見なした相手との取引を制限し始めた。

 その結果、取引を制限された側の金融機関は市場に出ている最良の「気配値すら見えない」(市場筋)状況に陥り、買い気配を切り上げて取引してもらえる相手を探すこととなる。その一部始終が見えるカウンターパーティリスクが低い金融機関にとっては、買い気配値が売り気配値を上回って表示される。

 もちろん、そうした買い注文は売り叩かれ、逆転現象はすぐに解消する。制限した側にとって一見好都合に映るこうした異常現象だが、ディーラーの心中は複雑だ。「明日は我が身だし、もしかしたらもうすでに、どこかで誰かに自分も同じことをされているのかもしれない」。普段から心理の読み合いや相手との駆け引きを繰り返している銀行間取引のディーラーも、金融危機の中で普段以上に神経をすり減らしている。

 <プロディーラーもリスク回避姿勢>

 最近の荒れ相場の前では、多くの情報を瞬時に判断し、相場の流れを読んでリスクを取るはずのプロディーラーもお手上げだ。在京外銀のあるチーフディーラーは「5円下がって3円上がって2円落ちて、なんて相場は売りでも買いでもやられるリスクが高いし、実際に手を出すと大抵失敗する。こういう時は大きくポジションを取らず、細かい売買を重ねて少しずつ(利益を)積み上げるしかない」と話す。しかし最近の為替市場では、こうした市場参加者の様子見姿勢が取引量の縮小につながり、相場の値動きをさらに大きくしている。

 世界的な株安が続く中、ヘッジファンドや大手投資家は、相場の値下がりに耐え切れず「レートは関係なくとにかく投げ売ってリパトリエーション(資金の本国還流)に動く」(外銀関係者)ため、薄商いの中で突然飛び出すまとまったフローに、相場の反応はいっそう激しくなる。「最近の値動きに意味や理由はない。あるのはフローだけ」。ある市場関係者は半ば呆れ顔で、壊れかけた市場の現状をこう解説する。相場巧者のプロディーラーですら、最近の取引では買い持ちと売り持ちポジションをわずか1日で「10回以上入れ替えることもある」(別の外銀関係者)ほどだ。

 9日午後段階で、ドル/円の予想変動率(インプライド・ボラティリティ)は1カ月物で25%程度。ロイターデータによると、98年のアジア通貨危機以来の高水準にある。欧米各国中銀の協調利下げや、ポールソン米財務長官の公的資金注入示唆発言を経ても、現在1ドル=100円付近のレートは1カ月後に75円付近まで大きく下落するか、125円まで急反発する可能性があるという意味だ。金融危機前の昨年7月、1カ月物のボラティリティはわずか6%程度だった。

 <リスク回避で消去法の円上昇>

 金融危機の広がりを背景に、外為市場ではリスク回避に向けたポジション圧縮の動きに、これまで下落し続けた円が大きく反発する一方、買い上げられた新興国・高金利通貨の下落が目立ち、9日までに円は対ドルで半年ぶり、対ユーロで3年ぶり、対英ポンドで7年ぶり、対豪ドルとNZドルで6年ぶりの高値をつけた。

 リーマン(LEHMQ.PK: 株価, 企業情報, レポート)破たん直後のような「あまりに無秩序な動き」(冒頭の外銀)からは少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるものの、大手金融機関の経営不安とシステミックリスクへの懸念、それに端を発した世界経済の急速な減速など、現在の市場は不安材料に事欠かない。市場関係者の心理状態はまだ「何が起こってもおかしくない。怖くてポジションが持てない」(ある都銀のシニアディーラー)状況だ。

 
 
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