物理学賞の興奮も冷めやらないうちに、スウェーデンから吉報が届いた。日本人のノーベル化学賞受賞は物理学賞と並んで6年ぶりだが、00~02年には3年連続で受賞している。今回の受賞でますますノーベル賞が身近になったことを喜びたい。
授賞対象となった「光るたんぱく質」は、紫外線を当てると緑色に明るく光る物質で「緑色蛍光たんぱく質(GFP)」と呼ばれる。その性質が生物学や医学のさまざまな分野で欠かせない道具となり、現代の生命科学研究に革命をもたらした。このGFPを1962年、北米海岸を漂うオワンクラゲから最初に発見したのが下村脩博士だ。
生物の体の中では、さまざまなたんぱく質がいろいろな細胞で働いている。この働き方に異常が生じると病気になることがある。また、その働き方を知ることは、生命の仕組みを知ることにもつながる。
しかし、こうした物質の場所や動きは体の外から見ていてもわからない。そこで、たんぱく質に「標識」をつけて行方をモニターする方法が登場した。下村さんが発見したGFPは、それまでの標識物質とは発光のメカニズムが異なり、生きた細胞でねらったたんぱく質を追跡することが簡単にできた。遺伝子工学の手法と結びつき、誰もが使う道具となっていった。
この標識の威力をさまざまな生物で証明したのが、共同受賞者のマーティン・チャルフィー博士だ。ロジャー・チェン博士はGFPの発光メカニズムの解明に貢献したほか、異なる色の標識で複数の現象を追跡することを可能にした。GFPの仲間は、アルツハイマー病による神経細胞の変化や、がん細胞の増殖などの追跡にも役立っている。
ノーベル賞は、現時点で発展を遂げた分野の扉を開いた人に与えられるといわれる。それを思うと、3人の受賞はまさに時宜を得たものだ。最近のノーベル賞が応用分野に注目する傾向があることも受賞を後押ししたかもしれない。
一方で、基礎研究の重要性は見逃せない。下村さんがGFPを発見したのは、最初から応用をめざしてのことではない。留学先の米国でオワンクラゲの発光現象の謎を突き止めようと、地道に実験を繰り返した。捕獲したクラゲは数十万匹にも及ぶというから、知的好奇心と研究への情熱は並大抵ではない。その基礎研究が遺伝子工学と結びつき、応用へと発展した。
日本の政府は科学技術基本計画で「ノーベル賞受賞者を50年間で30人程度」という数値目標を掲げている。だがノーベル賞は政府が「目標」とすべきものではない。
受賞は個人の知的好奇心や努力と、それを支える研究環境についてくる結果であり、今年の日本人4人の受賞もそれを物語っているのではないだろうか。
毎日新聞 2008年10月9日 東京朝刊