2008年4月24日
4月26日、長野に聖火がやってくる。世界各地で荒れ模様の聖火リレーを受け、長野でも厳重な警戒体制のようだ。アムネスティの関係者も当日は長野に入り、平和的な手段でアピールをする予定だが、26日が近づくにつれて各局・各紙ともに取材合戦になっており、私たちの事務所にもマスコミからの電話が絶えない。しかし、チベット問題も含めどのような人権の問題が中国にあるのかを丁寧に報道しているものは少ないように思う。ちょっと残念だ。
アムネスティ・インターナショナルは数年前から、オリンピックに向けて中国の人権改善を求めるキャンペーンを展開してきた。2006年9月には「オリンピックへのカウントダウン〜守られない人権保護の約束」と題する報告書を出し、中国が公約した人権状況の改善がこのままでは失敗すると指摘した。オリンピック開幕まで100日余りとなった今、いくつかの分野では「オリンピックがあるにも関わらず」ではなく、「オリンピックによって」人権侵害が引き起こされている。
■標的にされる活動家たち
私たちが特に気になるのは、非暴力で中国の人権問題を発信し続けている人権擁護活動家や請願者が、オリンピック前の「浄化」計画の中で標的となっていることだ。彼・彼女たちの多くは逮捕・拘禁され、「国家機密の漏洩」とか「国家転覆扇動」といった容疑で起訴され、有罪判決を受けている。北京市内の立ち退き問題などについての取り組みを中央政府に求める署名を集めていた人びとも、北京市内から排除するために出身地に強制的に送還されたり、拘禁されたりしている。
中国には悪名高い「労働を通しての再教育(労働教養)」という制度があるが、これは、軽微な犯罪に対して、法の手続きもないまま施設に収容し、被収容者を「矯正させる」ことを目的としている。最長4年まで収容が可能だ。「労働教養」は中国国内の研究者からも廃止を求める声があるが、北京市当局はむしろ、オリンピックに向けて「労働教養」の適用を強化しているという。
最近の有名なケースは、人権活動家の胡佳氏に対する3年6カ月の実刑判決である。これは朝日新聞でも大きく取り上げられていた。
HIV/エイズの問題に取り組み、最近では中国の人権状況について幅広く発言していた胡佳氏は、2006年3月以来、そのほとんどの時間を自宅軟禁などの厳しい監視下に置かれていた。胡佳氏は、そのような状況に屈せず、オリンピックを控える中で起きている人権侵害について、国際社会に向けて積極的に発信し続けていたが、2007年12月27日、ついに逮捕された。「国家転覆扇動」の容疑で起訴された胡佳氏の裁判は、親族や友人らの入廷が厳しく制限され、各国外交官による傍聴の要望も「満席」を理由に断られ、裁判所職員と警官ばかりが傍聴する中で行われたという。
胡佳氏は具体的な活動家への弾圧のケースを国際社会に向けて配信していた。そのうちの一人、弁護士で人権活動家の高智晟氏は、2006年12月に国家政権転覆扇動罪で有罪判決を受けて以来、3年の自宅軟禁に置かれ続けている。さらに2007年9月22日、10人近い私服警察によって自宅から連れ去られた。同年11月上旬には自宅に連れ戻されたと伝えられているが、厳しい監視がつけられる中、その安否は定かではない。高智晟氏の誘拐は、オリンピック招致を批判するよう米議会に要請する公開書簡が原因ではないかと考えられている。
最近の人権活動家への露骨な弾圧は、オリンピック開幕前に人権侵害についてこれ以上話すなという、中国当局の警告と言えるだろう。
■裏切られた「完全な報道の自由」
報道に対する当局の検閲もますます厳しくなっている。
オリンピック招致の際に中国政府は、報道の自由を進めると約束した。2007年1月、外国人ジャーナリストに対する規制緩和が実施され、地方当局の許可なしで取材ができるようになった。しかし実際には、外国人ジャーナリストの取材への妨害や暴行、また恣意的な拘禁などがいまだに多く報告されている。
中国人ジャーナリストや作家に対する弾圧はさらにひどい。例えば、海外通信社からのニュースの中国国内での報道規制を強化する法律が、同じ年の9月に導入された。それ以来、「微妙な問題」に関する外国のニュース報道に中国の人びとがアクセスしにくくなったという。インターネット検閲も強化され、2008年2月、HIV/エイズ問題のニュースを発信するサイトが2つ閉鎖された。
2008年2月、作家の呂耿松氏が非公開裁判の末に4年の懲役刑を言い渡された。公務員の汚職や強制立ち退きの問題を報じる小論や新聞記事をインターネット上に投稿したこと、また政治改革を訴える自著が原因だった。またインターネット・ライターの王徳佳氏は、2007年12月、国家政権転覆扇動の容疑で逮捕された。1カ月後に釈放されたが、これ以上記事を発表しないことや海外メディアの取材を受けないことなどを条件につけられた。
こうしたケースは枚挙に暇がない。今や中国はオリンピックに向けた人権公約など忘れ、オリンピック開催中の「安定」と「調和」のイメージを維持するために、なりふり構わない対応をとっているように見える。
オリンピック憲章は、「オリンピズムの目標は、スポーツを人間の調和のとれた発育に役立てることにある。またその目的は、人間の尊厳保持に重きを置く平和な社会を推進することにある」と謳っている。
メダルの数や新記録の数だけでなく、人権状況を改善するという財産を北京に遺してほしいと願いつつ、聖火を迎えたいと思う。
アムネスティ・インターナショナル日本(国際キャンペーン担当:川上 園子)
*中国の人権状況ついて詳しくはアムネスティの北京オリンピック・キャンペーンサイトをご覧ください。
【インフォメーション】
映画上映&トークショー
「音楽が癒した暴力の街〜ブラジルの子どもたちの絶望と希望〜」
アムネスティ日本では、ドキュメンタリー映画『ファヴェーラの丘』の上映劇場にて、映画をご覧になった方を対象としたトークショーを行います。
ブラジルのスラム街「ファヴェーラ」での暮らしから見えてくる子どもたちの人権状況を踏まえ、なぜこういう状況が生まれるのか? どうしたら子どもたちに希望を与えられるかといった視点からお話しいただきます。ぜひ押しをお運びください。
■日 時:2008年4月27日(日)
映画上映 13:00〜14:30
トークショー 14:30〜16:00
■会 場:東京都写真美術館 http://www.syabi.com/
■出演者:ピーター・バラカンさん(ブロードキャスター)
永武ひかるさん(写真家)
下郷さとみさん(フリージャーナリスト)
寺中 誠(アムネスティ・インターナショナル日本事務局長)
■入場料:1500円(映画鑑賞料)
*当日13:00〜の上映をご覧になった方が対象となります。
*この回の上映のみ特別割引料金となります。
*詳しくはこちらのサイトをご覧ください。
*関連ニュースリリース
2008年4月17日「ブラジル : 貧困地域の女性たちが治安悪化で苦境に」
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