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ようこそ! 釧路教会へ 2008年10月 8日(水) 21:44 JST

6月22日 「天国と所有」

  • 2008年6月22日(日) 20:23 JST
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日本宣教50周年40日路程が7月14日までになっていますが、この日は孝進様が昇華されてからちょうど120日目にあたります。今、孝進様のもとに過去の愛国者や特攻隊の英霊たちがお仕えしながら、国づくりに貢献していく人が復帰されるように協助しているということです。北海道も先住民、アイヌ民族の考えられない精誠の土台がありました。彼らには所有観念がなく、すべてを公的なものとして、神様のものとして土地や自然を大切に守ってきました。そのような聖別された地にクラーク博士を呼びキリスト教の新天地をつくろうとした神様の摂理があったのです。



今、韓国の本部教会では亨進様を中心に毎週「天一国食口礼拝」が行なわれています。先日、国進様が説教された中に次のような御言がありました。

「為に生きる信仰生活をすることと、献金をすることは全く同じことです。肉身を着ている時に稼いだお金は霊界に持って行くことができません。しかし、そのお金を兄弟や友達に、もしくは後孫に分け与えるならば、愛が残るようになります。愛は私たちが死ぬ時に、霊界に持っていくことができます。同じように、信仰生活や献金生活を通し、天の前に捧げた精誠は、神様に永遠に残るのです。

日本の食口の方たちは、教会のために感謝して、献金をたくさんします。中には、とても無理をしてされる方もいます。私はなぜそのようにされるのか、とても気になっていました。皆さん!もしかして、日本の食口の方は頭が良くないから、そのようにするのだと思われますか?違います。多くの日本の食口は、日本社会のエリートです。しかし、そのような方たちが献金生活をとてもきちんとされているのです。その方たちは、信仰も良く、教会活動もよくされ、食口をお互いにいたわります。その方たちは献金生活をすることが、自らの人生において、教会において、神様において、どれほど意味があり、重要なことなのかをよく知っているのです。私は韓国の食口の皆さんに対し、献金生活が信仰生活において、どれほど重要なのか、人生において、どれほど知恵深いものなのか、話しているのです。」

ご子女様たちは世界のどこに行ってもいつも日本食口のことを証しして下さいます。申し訳ないことですが有難いことです。国進様も言われるように、この世においては老後の心配をする人は多いですが、死後の心配をする人が少ないです。

かつてイエス様のもとにあるユダヤの青年が「私は律法をすべて守ってきました。ほかに何をすべきでしょうか。」と尋ねてきたとき、「持ち物をすべて売り払って貧しい人々に施しなさい。」と言われました。資産をたくさん持っていたその青年は悲しみながら立ち去ったと聖書に書いてあります。当時のユダヤ人は富とは自分の努力によって蓄えた誇らしいものとして捉えていました。しかしイエス様は富んでいる者が天国に入るのはラクダがはりの穴を通るより難しいと言われたのです。

もともと神様が人間に万物を与えた目的は2つあります。1つは直接人間を喜ばせるため。もう1つは人間同士の心情関係を築くためです。「心情」というものはもともと神様や人間の中にあるものですが、その心情が対象に向かって流れてこそ「愛」が生じるようになります。そのとき、心情を運ぶ媒介体が万物なのです。例えば子供や孫からプレゼントをもらったとき、そのもらった万物以上にくれた気持ちが嬉しいものです。

そして万物は与えることで一時的にはなくなりますが、相手の心をつかむことができます。お父様も興南で食事の半分を囚人に与えながら囚人たちの心をつかんでいかれました。そのように万物は与えること、流れることに意味があるのであって、万物を自分の中に抱え込んでしまうと心情関係を築けなくなりますし、そういう人間関係を持っていない人は結局お金しか頼るものがないため更に万物を溜め込むようになり、病気になります。「癌」という字は病だれに品物の山と書きます。

万物は霊界に持って行くことができませんが、地上で築いた心情関係はそのまま霊界にいっても永遠に続きます。また私たちが神様に万物を捧げていくならば、神様の心情をつかむことができます。そこで築いた神様、御父母様との心情因縁は霊界での最高の財産です。ゆえに私たちは万物を捧げ、さらにもっと捧げたいという心情を復帰していくことが摂理の内的な目的なのです。

 

 

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