退職願②
テーマ:Pプレス2008年6月30日(月)の昼前、僕とY課長、T役員(A出版元社長)は神楽坂の喫茶店に集まりました。
そこへ、T(Pプレス社長)からY課長に電話がかかって来ました。
内容は次のようなものです。
①「今回の行動は、よく考えた上での行動なのでしょうか?」
②「次の就職先は決まっているのでしょうか? 心配しています。」
程なくして、僕にも同じ内容の電話がかかって来ました。
①については、「退職願」を出すというのは、「受理されたら会社を辞めなければならない」ということですから、軽い気持ちで出しているはずがありません。
僕もY課長も、「この会社に残っていても将来はないから」と、よくよく考えた上での行動に決まっています。
②については、急なことだったので、もちろん二人とも次の仕事は決まっていません。
Tの「心配」は、「ライバル出版社に行かれては困る」ということでしょう。
でも、二人とも生活があるし、「できれば、この業界で働き続けたい」と思っているのですから、もしも「同業他社」に入れるのなら、それに越したことはありません。
いずれにせよ、前にいた会社の社長に、とやかく言われる筋合いはないはずです。
「『退職願』を受理しておきながら、わざわざ電話でこんなことを確認するなんて、おかしな話ですよね。」
僕が言いました。
「そりゃ、Tだって動揺してるんだよ。」
T役員が続けます。
「オレは最初、Pプレスくらいの規模の出版社で営業が二人というのは確かに冒険だなとは思ったけど、Yも政権交代もヤル気はあるし、お互いのいいところが組み合わされば、きっとうまく回転するんじゃないかなって思ってたんだよ。」
T役員はコーヒーをすすりました。
「だけど、今お前たちに辞められちゃったら全てがパーだからさあ。何とか、もう一度、考え直してくれないかね。頼むよ。お前だって、やりたい仕事が色々あるって言ってたじゃない。」
そう言って、T役員は僕の方を見ました。
「販売協力店のことですか?」
「そうそう。」
「販売協力店」というのは、僕が提案した企画です。
Pプレスが発行している同人アンソロジー(コミック)というのは、かなり特殊なジャンルなので、どこの書店さんでも扱ってくれるものではありません。
しかし、コミックに力を入れている書店さんや、熱心な担当者がいる書店さんでは、きちんと棚に既刊を揃えて下さっているところもたくさんあります。
そこで、そういった書店さんに声をかけて、特製の販促物を提供したり、ホームページや雑誌(『コミックE』)に店名を掲載したりして、Pプレスの出版物を、よりいっそう売っていただけるようにしようと考えたのです。
書籍を中心に出していて、それなりに歴史のある出版社なら、書店さんとのつながりも深く、こういった「販売協力店」や「特約店」といった制度を設けているところも多いのですが、同人アンソロジー(コミック)では、こういった試みをしている出版社はまだありません。
ですから、これが実現すれば、販売力の面で同業他社よりも一歩先を行くことが期待できます。
事前のアンケート調査を実施したところ反応も上々で、既に100軒以上の書店さんから賛同の声をいただいていました。
会議で提案した時は、「こういう企画を待っていたんですよ!」と、Tも大喜びでした。
ところが今となっては、「リストさえ完成したら僕は用済みになるんじゃないか」と思ってしまいます。
とてもじゃないですが、一生懸命やろうという気にはなれません。
僕がやろうとしていた仕事は他にもたくさんあります。
Pプレスのホームページ上にある「編集部日記」を、編集部の人は忙しくて、なかなか更新できないので、「政権交代さんが『書店営業日誌』を書いて下さいよ」とTに頼まれていました。
僕は以前、A出版にいた時、ホームページ上で『書店営業日誌』を書いていたことがあります。
訪問先の書店さんとのやり取りを自分の雑感も交えて綴った簡単なものでしたが、Tはそれをいつもチェックしていたというのです。
「政権交代さんは本当に書くことが好きですよね。ウチの編集部には、ちゃんと文章を書ける人がいないんですよ。だから、『営業でもこれだけ書けるんだ』っていうのを見せて欲しいんです。」
僕の知る限りでは、とても面白い文章を書く編集部員が一人いましたが、その人は辞めさせられてしまったのです。
結局、僕がPプレスのホームページに文章を書くことは一度もありませんでしたが。
代わりに、このブログを書いているというのは皮肉なものです。
それから、「広告の営業をして下さい」とも言われました。
Pプレスでは『コミックE』という雑誌(隔月刊)を発行していますが、部数も少なく、販売率も芳しくないので、収益が上がっていませんでした。
広告も、Tの昔からの付き合いで2社が出稿しているだけです。
雑誌の場合は広告収入によって赤字を補填するのが一般的です。
僕はA出版で雑誌広告の営業を任されていたことがあるので、ノウハウはわかります。
そこで早速、「広告担当」の名刺を作ってもらい、親しい広告代理店を回ると、ある営業マンが非常に乗り気になり、「オタク向けの市場には興味があるので、頑張って営業をかけますよ」と言ってくれました。
けれども彼は、僕が辞めた後、後任がいないので困っています。
申し訳ないことをしてしまいました。
とにかく、僕もY課長も、もはやPプレスで仕事をする気は完全に失せてしまっていたのです。
ある日のミーティングでの、Y課長とTとのやり取りを、僕は忘れることができません。
Y課長は「Pプレスを日本一のアンソロジー(コミック)出版社にしましょう!」と言いました。
それに対してTは、こう言い放ちました。
「何を言ってるんですか! ウチはとっくに日本一ですよ!」
『平家物語』を引き合いに出すまでもないですが、この世には「盛者必衰の理」があります。
「おごれる者は久しからず」です。
社長がそんな心構えでは、たとえ今は日本一であったとしても、すぐライバルに蹴落とされてしまうに違いありません。
今はTに対して従順な編集部員たちも、そうなった時には、きっと我にかえることでしょう。
僕はT役員がどんなに引きとめて下さっても、この会社で働き続ける意思はありませんでした。
話を元に戻します。
「どうすれば考え直してくれるんだよ。」
T役員が言いました。
「どうすればって、そんな条件闘争みたいなことをするつもりはありません。だって、『退職願』はもう受理されてしまったんですから。」
僕が言うと、T役員は切り返しました。
「いやいや、それは間違いだよ、間違い。Tは、うっかり受理しちゃったんだ。だから正式には『受理』じゃないよ。『預り』、『保留』だよ。オレがTを説得するからさあ、頼むから、もう一度、考え直してくれよ。な。」
「Tが社長を降りると言うのなら、オレは考えてもいいですよ。」
Y課長がキッパリと言いました。
「いやいや、そりゃ無理だろうよ。」
T役員は即答しましたが、少し考え直してから、また口を開きました。
「だけど、例えばTが好き勝手なことをできないように、何か一定のルールを作るっていうのは、どうかね?」
「まあ、確かに『就業規則』もないような会社ですからねえ」とY課長。
「な、そうだろ。要するに、今回の問題はTが自分のやりたいようにやってきた結果なんだから、Tの行動に歯止めがきくようになれば、今後こういうことは起こらないだろ。」
「そうですね。Tが勝手に社員を辞めさせたり、懲罰を与えたりできないようにすれば、それでいいですよ。」
「わかった。じゃあ、その線で、もう一度、4人で話し合おう。オレがTに連絡するからさあ。」
僕はT役員とY課長の話を黙って聞いていましたが、正直なところ、Tがそんな条件を飲むとも思えないし、いったん「辞める」と口にした以上、そんなみっともない駆け引きはしたくないというのが本音でした。
読者の皆さんも、ここまで長い長いブログを読まされて、「いい加減にしろよ!」と思っていらっしゃることでしょう。
もう少しで終わりますから、よろしければ、どうぞお付き合い下さい。
~つづく~
■無題
不謹慎かもしれませんが、次回を早く読みたいです。