退職願①
テーマ:Pプレス2008年6月27日(金)、長い会議の翌日。
僕は会社に行くのが、とても憂鬱でした。
昨日は社員みんなの前でT(Pプレス社長)を大々的に批判してしまったので、覚悟の上の行動とは言え、はたして今日から、どんな反撃が待っているのか、非常に気になります。
朝9時30分に出勤すると、Tはまだ会社に来ていません。
幾分ホッとしましたが、何だか蛇の生殺しのような気持ちです。
Y課長も、おそらく同じような感覚だったでしょう。
そんな落ち着かない気分のまま、小一時間ほどデスクワークをこなしていると、Tがやって来ました。
「おはようございまーす!」
予想外に明るい第一声に驚かされました。
そのうえ、異常にブリブリとした振る舞い。
こういう時のTは、おおむね何かを企んでいるのです。
やがてTはウキウキと作り笑顔で、我々の方に近付いて来ました。
「Yさん、『○○』っていうマンガを読んだことはありますか?」
「え? ああ、ありますよ。」
「アレって、いいですよね、前向きで。ああ、前向きに頑張るっていいなあ!」
この芝居がかった態度で他愛もない世間話を繰り広げることで、どうやら昨日の一件をなかったことにしようとしているようです。
「じゃあ、オレは8月の新刊の件で取次に行って来ます。」
「行ってらっしゃ~い!」
僕は、こんなウソ臭いやり取りを見るに耐えず、いぶかしい表情をしていました。
「政権交代さんは、今日はどんなご予定ですか?」
「僕も出かけますけど。」
ぶっきらぼうに応えると、Tは少しとまどいを見せました。
「え? ああ、あの書店さんに営業に出かけるということですよね。」
「そうです。では。」
居心地の悪い場所から逃れるように、僕は会社を後にしました。
それから、Y課長の携帯に電話をしました。
「もしもし、政権交代ですけど。さっきのTの様子を見て、どう思います?」
「気持ち悪いな。」
「昨日の話し合いも、なかったことにされそうな感じですよね。」
「そうだな。向こうのペースに巻き込まれないように気を付けないと。」
我々の読みは、どうやら当たっていたようです。
後から判明したことですが、Tは、T役員(A出版元社長)の携帯にガンガン電話をして吠えまくっていたそうです。
「あの二人はいったい何なんですか! どうにかして下さいよ! どうして私が、あんなに言われなきゃいけないんですか! Nさん(経理)だって、実際にミスを犯したのは事実なんですよ! まるで私が一方的に悪いみたいじゃないですか!」
結局、人の性格なんて変えようがないということですね。
夕方、会社に戻ると、Tが僕に話しかけてきました。
「昨日の話ですけど、結論から言うと、これからもお二人と一緒にやって行きたいということですよ。」
何という手前勝手な理屈でしょう。
様々な問題を投げかけたのは、こちらの方です。
それに対してTは、「私なりに整理して考え、今後の方向性を提案します」と言いました。
それなのに、なぜ「結論」をあなたが先に出しているのでしょうか。
僕はがく然としました。
「わかりました。今日は、ちょっと用事があるので、話なら今度、Y課長と一緒の時に聞きます。」
とりあえず、その場を切り抜けて会社を出た後、僕は高田馬場の喫茶店「R」でY課長と落ち合いました。
「あれだけオレやT役員や政権交代が言ったのに、今日のTはケロッとした顔をしていたな。」
Y課長がアイス・ティーをすすりながら切り出しました。
「このままだと、何もかもウヤムヤにされてしまいますね。」
「あれじゃあ、甘かったということか。」
「僕は今までいた会社で、社長にあれほど言いたいことを言ったことは、もちろんありません。普通の会社でも、あそこまで言っちゃったら、もう辞めるしかないですよ。まして、相手はTですから。」
「少しは反省するかとも思ったけどな。」
「とりあえず、今は僕とY課長にいっぺんに辞められると困るし、他の社員の手前もあるから、何とかして騒ぎを収めようとしてるんだと思いますけど、もう僕らはTに敵対してしまったわけですし、このまま会社に残っても、イバラの道なのは間違いないですよね。」
「Tが社長を辞めるなら話は別だけど、それは絶対に無理そうだしなあ。」
「Tが社長に居座っている限り、やりたい放題ですよね。気に入らない社員は切り捨てるし。僕らも、Pプレスのシステム完成のためだけに利用されて、後は直ちにポイ捨てですよ。」
「そうだな。こうなったら、もはや『退職願』を出すしかないか…。」
Y課長が宙を見つめながら、つぶやきました。
「Y課長が辞めるんなら、僕ひとりが会社に残っても仕方がないですから、僕も『退職願』を出しますよ。」
「万が一、引き留められたら、もう一度、Tに反省を促す。」
「二度と自分の好き勝手で社員を辞めさせるなと…でも、難しいでしょうけどね。」
「普通は引き留めると思うけどな。」
「どのみち、社員をこれだけ粗末に扱う会社に未来はないでしょう。僕は辞めても全然、後悔はないですね。こんな会社のために一生懸命、働くのもバカらしいし。」
「わかった。じゃあ、そうしよう。いつにする?」
「早い方がいいですね。週明け早々にでも。」
「月曜日か。わかった。」
「朝一番に出しましょう。休みの間に準備して。」
あっさりと二人いっしょに辞める話になってしまいましたが、それだけ、TとPプレスに対する失望の度合いが深かったということです。
このブログでも、さんざん語り尽くしたので、これ以上は書きませんが…。
週が明けて30日(月)、僕とY課長は胸ポケットに『退職願』をしのばせて会社に行きました。
この日、Tは朝9時30分には出社していました。
Y課長がTのそばへ行って言います。
「あの、ちょっとお話したいことがあるのですが。」
「何でしょうか?」
Tは少し怪訝そうな顔をしました。
二人が会議テーブルに着いたところで、すぐに僕も駆け寄ってY課長の隣に座りました。
Y課長が切り出します。
「いろいろ考えたんですが…。一身上の都合で7月末日付で退職させて下さい。」
「僕も、一身上の都合で、7月末日付でお願いします。」
二人で『退職願』をTの前に差し出しました。
「中を改めさせていただきます。」
Tはプルプルと震える手で、『退職願』の封を開けました。
「そうですか…。撤回はしませんか?」
「はい。」
Y課長が返事をしました。
「僕も10年以上サラリーマンをやっていて、会社を辞めたことも何回かありますし、『退職願』の意味もよくわかっているつもりです。家族にも相談した上で決めたことですので、今さら撤回はしません。」
僕が断言したところで、Tはつぶやくように言いました。
「わかりました。残念ですが…。では、引き継ぎ等に関しては、また改めて相談させて下さい。」
(おっ、すんなりと受理されちゃったよ。)
僕とY課長は顔を見合わせました。
それから、我々は会社を出ました。
お世話になった方々に挨拶をするためです。
Y課長が、まずT役員に電話をし、今朝の出来事を説明しました。」
「おいおい、お前たち、ちょっと待ってくれよ!」
電話口でT役員が慌てているのが、隣の僕にも伝わって来ます。
取り急ぎ3人で話し合うことになり、1時間後、我々は神楽坂の喫茶店「K」に集合しました。
「何か、あっさり受理されましたよ。」
Y課長が言いました。
「いやいや、そういう問題じゃないよ。大体さあ、こういう場合、普通は受理しないもんだよ。『保留』とか『預かり』とか何とか言ってさあ。Tは全然わかってないんだよ、事の重大さを…。」
T役員は頭を抱えています。
「今まで社員を辞めさせてばかりだったから、引き留め方を知らないんじゃないですか。」
僕が軽口を言っても、T役員は真面目な顔を崩しません。
「笑い事じゃないよ、まったく。」
そのとき、Y課長の携帯が鳴りました。
「もしもし…。」
それはTからの電話でした。
~つづく~
■無題
T社長が居る限り、Pプレス社は倒産する運命かもしれませんね。