反逆者③
テーマ:Pプレス2008年6月26日(木)、夕方。
Pプレスの社内では、T(Pプレス社長)が席を立った後、T役員(A出版元社長)・Y課長・僕の3人が会議テーブルに取り残されました。
そして4人の編集部員(すべて女性)が、それを囲むように座りました。
T役員が編集部員たちに語りかけます。
「皆さんはまだ若いから、わからない部分もあるかも知れないけど、会社っていうのは色んな人がいて、それぞれの役割を果たしているんだよ。」
先程までの激しい口調とは打って変わって、噛んで含めるような語り口です。
「Pプレスみたいな小さな会社では一人一人の役割が非常に重くて、特にYの場合、実際には部長以上の働きをしているんだよね。だから、気に入らなかったらクビにすればいいとか、そんな簡単な問題じゃないんだよ。Yを辞めさせるってことは会社をつぶすことになるんだよね。」
みんな黙ってT役員の話を聞いています。
「なぜなら、取次だけじゃなくて印刷屋も製本屋も、みんなYのことを昔から知っているんだよ。ウチの会社でどんなポジションかってこともね。それが入社して一ヵ月で辞めたなんてことになると、取引先が不信感を持っちゃう。取引条件を見直されたり、様々な影響が出てくるんだよ。」
厳しい社長の下で鍛えられたおかげか、彼女たちが話を聞く態度は非常にしっかりしています。
「だから、Yが気持ち良く仕事に取り組めるようにしてやることが大事なんだよね。」
「ちょっと、いいですか。」
ある編集部員が言いました。
「私は仕事にあまり感情を持ち込まないタイプなんですが…。」
(確かに、そんな感じがするな。)
「元A出版の人たちは、なぜそんなに『気持ち』を大事にするんですか。」
「あのね…。」
僕が応えます。
「『気持ち』とか『感情』を、何か悪いことのように捕らえているみたいだけど、例えば『一生懸命やる』とか『死ぬ気で頑張る』っていうのも立派な感情でしょ。気持ちがこもってなければ、いい仕事はできないよ。映画『モダンタイムス』(チャールズ・チャップリン監督)みたいに、ベルトコンベアで延々と製品を組み立てるだけなら、感情は邪魔かも知れないけど。」
「……。」
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「今度は僕から聞くけど、前のミーティングの時に『Nさん(経理)の仕事量が少ない』って言ってたよね。どうして、そんなことがわかるの?」
「T社長とNさんの会話を聞いていれば、わかりますよ。」
「いや、だけど○○さんは経理の仕事をやったことはないでしょ? 編集のことなら言えるかも知れないけど。実際にやったことがなければ、話を聞いただけで判断はできないと思うよ。」
「……。」
「それに普通はね、仕事量が少ないからって、その人の能力が低いなんて言うのはおかしいんだよ。会社は社員を雇った以上、ちゃんと仕事を振る責任があるんだから。でも、この会社では、それを社員のせいにしてポンポン辞めさせるでしょ。」
「そういう風に見えるのは今まで政権交代さんが外部にいたからです。」
彼女は予想外に食い下がってきます。
「いやいや、外にいた時は全然わからなかったよ。中に入って実態が見えたから言ってるんだよ。」
「最近たまたま辞める人が続いたから、そう見えるのかも知れません。でも私は、これまでに辞めた人の経緯を知っていますが、T社長はそんな非人情な人じゃありませんよ!」
(これは完全に「洗脳」されているな。)
「いやいや、そんなことないよ。Y課長に『飲み会で私に説教をしたから始末書を書きなさい』なんて言ったじゃない。」
「そうそう…。」
T役員が言います。
「オレはサラリーマン時代に一度だけ始末書を書かされたことがあるんだけどさあ。オレが出版社で雑誌の広告担当をしていた頃、ある自転車メーカーの広告があってね。自転車の値段が本当は『1万5000円』なのに、オレが校正の時に間違いを見逃して、『1500円』で雑誌に載っちゃったんだよね。」
「へえ~。」
T役員の話を、みんな興味深そうに聞いています。
「それが200万部くらい出てた雑誌だから、メーカーからエライこと怒られちゃってさあ。収まりがつかないから、『始末書を出せ』って上司に言われたけど、その時だけだよ。」
「僕も10年以上サラリーマンをやっているけど、始末書なんか一回も書いたことはないよ。」
「オレだって一度もないね。」
僕とY課長が口を揃えて言いました。
「だけど、T社長がどんな意図を持って『始末書を書きなさい』と言ったのかは本人に確認しないとわかりませんから。T社長を呼んできます。」
「いやいや、だから普通は、そんなことで始末書なんか書かないんだよ。」
「だって、ここはT社長の会社ですよ!」
彼女はTを呼びに行きましたが、僕たち3人は呆気に取られてしまいました。
この辺りから、編集部員たちは入れ替わり立ち代わり、席を立つようになります。
奥で何か相談でもしているのでしょうか。
やがてTが席に戻ると、まるで借りてきた猫のようにシュンとしています。
さんざん批判されたのですから無理もないでしょう。
他人を追い詰めるのは得意でも、自分が追い詰められるのには慣れていないのかも知れません。
「Y課長は…。」
少しの間の沈黙を破って僕が話します。
「カラオケに行っても販促用のポストカードの話をするくらい、いつもPプレスのコミックスのことばかり考えていたんですよ。こんな熱心な営業マンは他にいませんよ。そもそも、Pプレス独立にY課長がどれだけ貢献したか考えてみて下さい。よく『始末書を書け』なんて言えますね!」
「今まで色んなことがあったけど、ようやく新天地で自分の力を発揮できると思ったのに、こんな仕打ちを受けて心の底から失望しましたよ。オレは全然、信用されてなかったんだなって」とY課長が続けます。
「そんなこと、ありません…。」
Tが蚊の鳴くような声で言いました。
「世の中には色々な会社があって、色々な社長がいるんだろうけど、こんなの明らかに常識から外れてますよ。まるで『私が法律』じゃないですか」と僕。
「本当に、仕方なかったんです…。資金繰りや経営のことで頭がいっぱいで、つい…。」
「資金繰りって…。」
Y課長が切り返します。
「A出版の最後の社長(T役員とは別人)は、四つも五つも会社を経営している人で、倒産間際なんか、そりゃ資金繰りも大変だったと思うけど、そんなこと社員の前ではおくびにも出しませんでしたよ。オレなんかにも、いつも『おう、頑張ってるか!』って声を掛けてくれましたから。」
「僕だって今まで何人かの社長にお世話になりましたけど、どの方も、もっと社員を大事にしていましたよ。そんなに簡単にクビを切ったりしませんよ。一つの仕事ができなくたって、他のことで能力を発揮できるかも知れないし。僕が言っても説得力はないですけど、そうですよね?」
僕が目を向けると、T役員は静かにうなずきました。
「学生時代にA出版で働いていた時、僕は不良バイトで、社員の人からも『このままだと、あなたはクビになっちゃうよ』とまで言われてたんだよね…。」
僕は、今度は編集部のみんなの方を向いて話し始めました。
「だけど、当時社長だったT役員が『アイツに仕事を任せてみよう』って言って下さって、それが認められたから僕はA出版で正社員になれたんだ。僕は大学を留年して、おまけに中退までしちゃったから、就職活動もままならなくて。T役員がいらっしゃらなかったら、社会人になれなかったかも知れない。だから、僕はT役員には本当に感謝してます…ううッ…。」
話しているうちに感極まって、思わず声を詰まらせてしまいました。
「すみません…。」
ハンカチで涙をぬぐい、顔を上げると、編集部の新入社員がもらい泣きをしています。
僕はTに向かって言いました。
「それに引き換え、あなたは何なんですか! 社長の責任なんて言葉を軽々しく口にしながら! Y課長やNさんに対するあなたのやり方を、僕は人間として黙って見ていられなかった! あまりにもヒド過ぎるじゃないですか! みんな生活があるんですよ! もしY課長を辞めさせるなら、僕も辞めますから!」
「……。」
Tは何も言いません。
社内を沈黙が支配しています。
それをY課長が破りました。
「さっきから、みんな黙って聞いているけど、これまでの話を聞いて何か思うことはないの? どうして何も言わないの?」
「皆さんのおっしゃっているのが、とても納得できることなので、何も言えなかったんです。」
先程とは別の編集部員が応えました。
何と当たり障りのない回答でしょうか。
もしかすると、「攻撃」と「懐柔」という役割分担ができているのかも知れません。
時刻は午後6時に差しかかろうとしていました。
話し合いを開始してから、既に3時間近くが経過しています。
T役員が言いました。
「そろそろ時間も押し迫って来ているから、結論を出さないと。最後に何か言いたいことはあるかね?」
「言いたいことはただ一つ、『もっと社員を大事にして欲しい』ということです…。」
僕が切り出しました。
「はい…。」
Tは声を絞り出すようにして返事をしました。
「今日はここまで言ってしまったので、もはや僕は『反逆者』ですよ!」
「反逆者だなんて思ってません…。」
「ウチに帰って今日の出来事を話さないといけませんよ。『もしかしたらクビになるかも知れない』って!」
「あの…。」
例の「懐柔役」の編集部員が言います。
「お二人が安心してご自宅に帰れるように、T社長から一言おっしゃれば良いのではないでしょうか。」
一瞬の間ののち、Tは「今回のことでお二人をクビにしたりはしません…」と口にしました。
「わかりました。社長の言葉ですから、信じます。」
「よし、そろそろまとめるか」とT役員。
「今日、ここで出た色々な話を私なりに整理して考え、今後の方向性を提案します。」
Tが神妙な面持ちで言いました。
「じゃあ、そのうえで、もう一度よく話し合うということで、今日は終わりにするか。お疲れさん。」
長時間の話し合いでしたが、何だかキレイにまとまりました。
僕もY課長も一抹の不安を覚えながら。
もちろん、程なくして、その不安は的中することになるのですが。
~つづく~
■自分なり…
に整理すると言う場合の多くは、ハンバク、ハンロンの機会を窺ったり、策をこうじたりする時間に費やす事が多いんだけどな…
人の性はそんなに簡単に変わらないものです。
常識や誠意や熱意は、一度権力を握った小さな人間には、鬱陶しいものでしかないものです。
育ちも性も悪く、可哀想なくらいに狹量な方ですね…
まぁ、こう言う方が蔓延るのが、今の日本ですが…
なんか、大変ですね!