反逆者①
テーマ:Pプレス2008年6月26日(木)、正午を過ぎて、経理のNさんがお昼休みに出かけると、T(Pプレス社長)の指示で会社の入り口にカギがかけられました。
どうやら、これから内輪のミーティングが始まるようです。
社内にいるのは、T・編集部でいちばん古株の女子社員・二番目に古株の女子社員・新人の編集部員(女性)・新人のアルバイトの女の子・僕の6人です。
僕がここにいるということは、勝手に「こちら側の人」だと思われているのでしょうか。
Tが切り出しました。
「今日、3時から、社内でY課長との話し合いを行ないます。みんなも知っているように、Y課長はおととい、会議中に会社を飛び出しました。それから会社に顔を出していません。」
(いや、それは取引先に直行したからでしょう。)
「今、話し合いができるような精神状態なのかもわかりません。」
「あの…」僕が言います。
「昨日も一昨日も、Y課長と話しましたけど、別に普通の状態ですよ。話し合いができないということはないですね。」
「そうですか」Tは僕を一瞥して続けます。
「まず、話し合いのテーブルに着いてもらえないとどうしようもないですからね。」
テーブルに着かせた後、どうやって自分の想定したシナリオ通りに話を進めるか、Tはそればかりを考えているようでした。
Tは、例えば取引先との交渉の時など、いつも3パターンくらいのシナリオを用意します。
それを考えるために徹夜することもあります。
以前、T社(Pプレスが販売を委託していた出版社)と取引条件を決めるために話し合いを持った際も、そうでした。
そして、自分が司会進行役をして、相手に反論の隙を与えず、強引に自らに都合の良い結論に持ち込むのです。
しかし、いくら徹夜で三通りのシナリオを考えたとしても、人間はシナリオの通りに動くとは限りません。
途中でアドリブが入って、ストーリーの流れが全く変わってしまうこともあります。
今回も、Y課長を押さえ付けようとして「始末書を書きなさい」と命令したら、予想外の反発がありました。
これからY課長が一体どんな行動に出て来るのか読めない。
それが怖いのでしょう。
話をミーティングの場に戻します。
「とにかく、私はY課長が話を聞いてくれる状態になるまで、ひたすら謝ります。そうして、話ができる状態になったら、Y課長の気持ちを聞きます。Y課長が何を望んでいるのか。でも、それが経営権に関わることだったら、『ごめんなさい、それだけはできません』と言って収めるつもりです。」
Tは、自分が考えた「Pプレスの販売部門のシステムを完成させる」ためのシナリオからY課長が「脱線」してしまったので、それをいったん元に戻したいのでしょう。
けれども、元に戻した後は、これまでの例から見ても分かる通り、「ハッピー・エンド」はありません。
Y課長は、もはやPプレスにとって最大の「反乱分子」なのですから。
ここにいる編集部員たちは、そのことを理解しているのでしょうか。
「みんなはY課長にどうして欲しいと思いますか?」
Tは、そこにいる編集部員を一人ずつ順番に指名して発言させます。
「Y課長に戻ってきて欲しいです。」
「Y課長と一緒に働きたいです。」
新人の二人は同じようなことを言いました。
彼女たちが新しい職場に慣れようと必死で頑張っているのは僕も認めます。
だが、Pプレスという会社にとってY課長の存在がどれほど重要なのかを、新人の彼女たちがきちんと理解した上で判断できるはずがありません。
つまり、本来なら、こんなことを聞いても意味がないのです。
彼女たちには申し訳ありませんが、しょせん、Tの書いたシナリオに沿って動かされている登場人物に過ぎないのです。
以前、こんなことがありました。
T役員(A出版元社長)が、ある編集部員(女性)に仕事を手伝ってもらったところ、非常に手際良くテキパキとこなしてくれたので、彼女のことを褒めたそうです。
するとTが、「彼女のことを勝手に褒めないで下さい! 私は、編集部全体が一つのチームになるように、一人一人の育て方まできちんと考えています。それを無視して褒めて、舞い上がられてしまうと、その組み立てが狂ってしまいますから!」と言ったというのです。
ナチス・ドイツもビックリの「全体主義」ぶりです。
この会社では、「人間の感情」も社長の許可なく表現してはいけないのですね。
話を再び元に戻します。
今度は、別の編集部員(女性)が言いました。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか…。」
「どうぞ。」
彼女は美大出身で、話していても非常に幅広い才能を感じさせる人です。
ただ、Tの忠実な手下であるというのが最も残念なところです。
「Y課長の今回の行動は、普通の会社ならクビになってもおかしくないことですよね。」
「そうですね。」
(普通の会社なら、会議を飛び出しただけでクビにはならんぞ。)
「Y課長は会社を辞めようと思っているんじゃないでしょうか?」
「いやいや、それはないよ」僕が切り返しました。
「だって、Y課長は3年間もPプレスのコミックスを一生懸命、売ろうと努力してきたんだよ。この仕事に誰よりも愛着を感じているだろうし、続けて行きたいと思っているに決まってるよ。」
正確には、「この会社は大嫌いだが、この仕事は大好きで、非常に困っている」といったところですが。
「そうですか。それならいいんですけど…。」
その時、入り口のドアがガチャガチャと音を立てました。
昼休みに出ていたNさんが戻ってきたようです。
Nさんはカギを取り上げられたので会社の中に入れないのです。
新人のアルバイトの女の子が急いでドアを開けました。
Tが声をひそめます。
「みんなにはわかって欲しい。私は資金繰りで忙しくて、みんなの話を聞く時間は確かにあまり取れなかったかも知れないけど、みんな仲良く倒産しちゃったら、誰も幸せになれないんです。それなのにY課長は…。」
また同じ話が始まりましたね。
「あの、すみません」僕は言いました。
「Y課長を抜きにして、ここでいくら話していても何も進展しませんし、もういいんじゃないですか。3時からの話し合いは長丁場になりそうですから、その前に腹ごしらえもしたいですし。」
先ほどから、猛烈にお腹が減っていました。
腹が減っては戦はできません。
「わかりました。それでは3時からの会議ですが、最初は4人で話すことになると思います。必要なところで声をかけるので、その時は皆さん、よろしくお願いします。」
(どこまでも出来レースだな。)
それから、僕は会社の近くのRハットに行って、いつものように「長崎ちゃんぽん」を食べました。
やがて3時になり、T役員とY課長が会社に姿を現しました。
そうして、T・T役員・Y課長・僕の4人が会議テーブルに着きます。
まず、T役員が次のように話しました。
「今回は、ちょっとした行き違いがあったけれども、TもYも、会社を良くして行きたいという気持ちに変わりはないはずだから、今日はしっかりと本音で話し合って、また前向きに仕事を進められるようにして欲しいと思う。」
「わかりました」Tが応じます。
「それでは、まず始めに、Yさんの気持ちをお聞かせ願えますか。」
「僕の気持ちですか?」Y課長がキッと顔を上げてTを見ました。
「それは、この前お話した通りです。『Yさんにぜひ来て欲しい』と何度も言っておきながら、いざ入社してみると、良かれと思って言ったことに対して、『始末書だ!』と。いったい人を何だと思ってるんですか。」
Y課長は冷静に話していますが、怒りの気持ちが言葉の端々に溢れています。
「ですから、それについては誤解があったと思うのですが…。」
Tは人に頭を下げるということが一切できないようです。
さっきは「まず、ひたすら謝る」と言っていたのに、また言い訳を始めました。
Y課長は心の底からウンザリした表情です。
「とにかく、Yさんの力が必要なんです。」
「そんなこと言われても全く信用できませんね。」
Y課長が僕の方をチラッと見ました。
「お前も何か言え」というサインです。
実は、Y課長と僕は事前に相談して、「今日は、どんな事態になろうとも、思っていることを全部、Tにぶつけよう」と決めていました。
このままでは、Tのインチキなシナリオ通り、今回のことはウヤムヤに済まされてしまうでしょう。
そうすれば、Y課長はPプレスのシステム完成のためだけに利用され、最後は「反逆者」として処分されてしまいます。
何とかしてシナリオを書きかえないと。
僕は切り出しました。
「だけど、T社長は『Y課長が辞めたらTコンサルティング(営業代行業者)に頼むからいい』って言ってましたよね。」
「え? え?」
Tが、「突然、何てことを言い出すの」という顔で僕を見ました。
「いや、そんなこと…。」
「言ったじゃないですか、そこのベランダで! それから、『Y課長が辞めてB出版(ライバル出版社)に行ってしまうのは困るけど、じゃなきゃ別に』とも言いましたよね!」
「そんなこと言ってません…。」
「いやいやいやいや、言いましたよ! 僕はちゃんと聞いてるんですから。」
Tはわなわなと震えているようでした。
「さっきだって、『とりあえず謝ってY課長の気持ちを静める』とか言ってましたけど、要するに口先だけってことでしょう! そんなんじゃY課長はまるっきり浮かばれませんよ! どうなんですか!」
Tは僕をにらみつけました。
~つづく~
■タイトル通り…
の反逆開始ですね~
よくぞここまで我慢されていたな~の感もありますが、これから反転攻勢に出るのですね!?
楽しみにしています。