社長の横暴①
テーマ:PプレスPプレスに入社し、僕とY課長は新たな気持ちで日々の仕事に精を出していました。
多少の困難があっても、それに負けないくらいの気力を持っていたので、前途は洋々に思えました。
「あの日」が来るまでは…。
忘れもしない2008年6月13日(金)のことです。
その日の夜は、僕とY課長の歓迎会も兼ねて、社員全員出席の飲み会がありました。
会は予想以上に盛り上がり、そのまま「二次会」にも全員が参加しました。
僕は編集部の新人の女の子たちとバカ話をしていたので、詳しくはわからなかったのですが、一番端の席でT(Pプレス社長)とY課長が向かい合って、何やら深刻そうな話をしています。
後でY課長に聞くと、飲み会の場を借りて、社長であるTに対し、普段なかなか言えないことを言ったとのこと。
Tは極端に人の話を聞かないタイプなので、Y課長は「いろいろ大変なのはわかりますが、みんな頑張っているんだから、もっと一人一人の話を聞いてあげて下さい」と、強く訴えたそうです。
すると、Tは大粒の涙を流しながら、うなだれたと言うのです。
僕は一瞬、「大丈夫かな」と思いましたが、酔っ払っていたので、そんなことはすぐに忘れてしまいました。
週が明けて16日(月)の朝、出社すると、Tが異常にピリピリしています。
経理のNさんが、「どうしたんでしょう? 今日の社長は、やけに機嫌が悪いですね」と僕に話しかけてきました。
僕も訳がわからず、「何だろうね」と、首を傾げました。
その日の午後は、「倉庫業者の人が来て打ち合わせをするから、政権交代とNさんも同席してくれ」とY課長に言われていました。
そして、倉庫業者の担当の人が、社長と一緒にやって来ました。
Tが電話中だったので、Y課長が、僕とNさんを相手に紹介しようとしました。
するとTが、ものすごい剣幕で「あなたはいいから!」とNさんを追い返したのです。
何が何だか、よくわかりませんが、明らかに様子がヘンです。
夕方、僕はTから、「政権交代さん、ちょっといいですか」と声をかけられました。
よく内緒話をする時に使うベランダに移動し、ドアを閉めると、Tは切り出しました。
「Nさんのこと、どう思います?」
「は?」
これは、Tが何かを主張する時の常套手段で、例えば、「自民党について、どう思います? 私は祖父の代からずっと支持してるんですよ~」と話し始め、結局、こちらの意見は全く聞かないまま、勝手に「政権交代さんも自民党を支持しています」ということにされてしまうのです。
「僕は民主党支持なんですけど」とは、いっさい言わせてくれません。
案の定、Nさんの取るに足りないような幾つかのミスを列挙して、「だから、彼女はレベルが低いんだということを覚えておいて下さい!」と言うのです。
さらに、「それなのにY課長が彼女のことをかばうのが理解できない。直属の上司は私なんですよ!」
「……。」
「Nさんは私が何か話すと、いつでも、つまらなそうな顔をする。私の方は、こんなに彼女に気を遣っているのに。それで、A出版の時から知っているからと言って、わからないことはY課長に聞こうとするんですよ!」
Nさんは特別にノリの良い人ではないし、社長の前で緊張していると、「つまらなそうに」見えてしまうのかも知れません。
(何だよ、これは? 要するに「ジェラシー」か?)
「この状態を放置しておくと、指示系統が混乱して、会社の経営が間違った方向に行ってしまいます。Y課長は、勝手に自分がナンバー2のつもりになっている。これには早急に何らかの対応をしなくてはなりません。社長は私なんです!」
僕は呆れて、物も言えませんでした。
しかし、これは僕にだけ言っていることではなかったのです。
どうやら、編集部の女の子たちも個別に呼び出して、同じような話をしていたのです。
編集の女子社員は、ほぼ全員が22~24歳で、新卒でPプレスに入社した人ばかりなので、誰も社長には逆らえません。
いや、他のところを知らないので、むしろ、「会社とは、このようなものだ」と信じ込んでいるフシさえあります。
翌17日(火)、朝から、TがヒステリックにNさんにわめき散らしています。
何か仕事のミスを攻め立てているようです。
「あなたの犯したミスは経理としての信用に関わることです。謝って済む問題ではありません!」
非常に気にはなりましたが、僕はお客さんのところに行く予定があったので外出しました。
夕方、僕が帰社すると、会社の電話が鳴りました。
「政権交代さん、書店さんからお電話です。」
「はい、お電話かわりました。」
電話に出ると、受話器の向こうにいるのは書店さんではありませんでした。
「もしもし、Tです。」
「あれ? あ、お疲れ様です…。」
「今、Y課長はいますか?」
「あ、はい。いらっしゃいますが…。」
「かわらなくて結構です。今からY課長にわからないようにして駅前のドトールまで来ていただけますか。」
指定された場所まで行くと、Tが編集部の女性社員たちと3人で話していました。
僕が席に着くと、Tが「今日の出来事を政権交代さんに説明してあげて」と言いました。
「はい。今日の午後、F社のKさんがY課長あてに会社にお見えになったんですね。」
F社というのは、T役員(元A出版社長)の紹介でPプレスと取引することになった製本所で、担当のKさんは、Y課長がA出版の前の会社にいた時の元同僚です。
「それで、KさんがY課長の名刺を見て、『あれ、課長なの? 部長じゃないんだ?』とおっしゃったんですね。そしたらY課長が『そうなんですよ。まあ、僕は部長のつもりで頑張っているんですけどね』と言ったんですよ。」
女性社員が一生懸命に語っているのが少し滑稽に見えました。
「それを聞いて、『ああ、これは直ちにT社長に報告しなくては!』と思いました。」
隣に座っている、もう片方の女性社員も「そうなんですよ」と深く頷きました。
(何だよ。おまえら、「スパイ」か?)
Tは、「政権交代さんはどう思います?」と聞いてきました。
僕はTにではなく、二人の編集部員に向かって話しかけました。
「Y課長は、取次(本の問屋)に対しても『営業責任者』として名前を届けてあるし、ウチくらいの規模の出版社なら、本来は『部長』であっても全然おかしくはないんだよ。」
これまで、このブログを読んで下さった皆さんなら、むしろ、「なぜ、Y課長は『部長』ではないのか」と、疑問に思われたのではないでしょうか。
実は、僕とY課長が一緒にTの面接を受けた時に、「役職」の話が出たのです。
僕が「Y課長を部長にしないのですか」とたずねると、Tが「これまでの役職よりも上にする考えは今のところ、ありません」と応えました。
だから、「課長」のままなのです。
話を元に戻します。
僕が言ったことに対して、編集部の女の子たちは「へえ、そうなんですか」という顔をしていました。
だが、Tは、「それは政権交代さんの意見ですよね。役職の任命権を持っているのは社長である私なんですよ。にも関わらず、取引先に対して勝手に『部長』を名乗るのは問題だと思いませんか?」
「いやいや、『名乗った』とかではなくて、元同僚の親しい人との間で出た軽い世間話のレベルでしょう。そんなに問題にしなくても…。」
すると、編集の女子社員が口を挟んできました。
「Y課長が最近、少しヘンなので、私たちは気にしているんです。この前の『飲み会の案内状』、あれは笑えませんでした。」
「飲み会の案内状」とは、先日の飲み会で、Y課長が幹事を務めたのですが、その時、社内に配った案内状の最後に「宴会部次長 Y」と書いてあったのです。
僕は、それを見た時、Y課長に「なぜ、『宴会部長』ではなく『次長』なんですか?」と聞きながら苦笑しました。
まあ、単なる「シャレ」ですね。
(それが、どうかしましたか?)
「あれ、実は全員、気付いてましたよ」とTが言います。
「そして、Y課長は、これほど役職にばかりこだわっていて大丈夫なのかと、みんな心配しているんですよ!」
(役職にこだわっているのはどっちだよ!)
僕は言葉を失いました。
(何なんだろう、この会社は?)
今までは離れていたので、よくわかりませんでしたが、こんな下らないことを大問題に仕立てあげて騒いでいるなんて、この会社の方が、よほど「大丈夫なのか」と心配になります。
けれども、こんなのは、ほんの「序章」に過ぎませんでした。
これから起こる一連の出来事に比べれば。
~つづく~
■無題
もう物語は決まっているだけに、言っても仕方ないことですが、ひとつの修羅場が訪れそうですね^^;