2008年07月17日(木)

僕が入社してしまった会社⑥

テーマ:Pプレス

2008年が明けると、いよいよPプレスは独立に向けての具体的な動きを始めました。


Y課長が中心となって、取次(本の問屋)に対し取引口座開設のための手続きを行ないます。


申請に必要な書類を取り寄せ、アポを取って、取次に提出しに行くのです。


様々な書類があり、内容について細かく質問されますから、その説明のために、また違う資料が必要になります。


そのため何度も通わなければなりません。


もちろん、口座を開く取次は1社だけではありません。


大手だけで7社あり、他に中小の取次とも口座を開かなければならないので、ここに書くと簡単なようですが、想像以上の労力が掛かるのです。


T元社長も、「取次に交渉に行くのに、これまでのような顧問的な立場では通用しない」と、新たに「取締役の名刺」を作成しました。 


このT役員(A出版元社長)20年近く出版社を経営してきたので、取次に対して「私が面倒を見ているから大丈夫ですよ」というアピールができます。


また、会社の経営方針や今後の出版計画などについては、社長であるがまとめました。


実際に取次に行くのは、この3人ですが、その前に何度もミーティングが行なわれ、それには僕も参加しました。


途中、事前の根回しが足りなくてT社(現発売元)の会長を怒らせてしまうなどのトラブルもありましたが、さすがに売り上げ実績を積んできただけあって、取次との交渉はスムーズに運びました。


目標としていた2008年6月の「独立」は、どうやらメドが立ってきたようです。


2月には、Nさんという女性社員がPプレスに入社しました。


彼女は以前、A出版で「経理」を担当していました。


当時、Pプレスでは(Pプレス社長)が経理を兼ねていたのですが、これから取次と直接取引を開始するに際して、出版の経理は返品などの関係で非常に複雑なため、どうしても経験者が必要になります。


さんA出版にいた期間は1年足らずでしたが、彼女の真面目な働きぶりを高く買っていたA出版の元経理部長(女性)が、T役員を通じて推薦したのです。


面接を終えると、(Pプレス社長)はさんに「こちらとしては、すぐにでも来ていただいて結構です」と連絡を入れました。


このようにして、A出版時代の同僚がPプレスに先行入社したことは、僕やY課長にとって非常に心強く感じられました。


3月には、それまで「有限会社」だったPプレスが、増資を行なって「株式会社」に移行。


それに伴い、T役員も「出資金」を増額させました。


4月に入ると、「事務所移転」の準備が始まりました。


それまでは編集のみで、わずか5人(社長含む)の小所帯だったPプレスですが、独立に向けて急激に人数が増えるため、今の事務所では手狭になってしまうからです。


編集業務で毎日、夜遅くまでお忙しい(Pプレス社長)や編集の方々に気遣って、引越業者の手配などは、ほとんど新入社員であるさんが行ないました。


まだ日常業務にも慣れていないのに、引越しの手配までしなくてはならないのは大変だろうと思い、僕とY課長は仕事の合間を縫って手伝いに行きました。


がギリギリまで物件選びにこだわったため、移転先の事務所が決まったのは4月14日(月)。


4月20日(日)の引越し当日まで、たったの1週という強行軍です。


引越し前夜の18日(金)、夕方過ぎに僕とY課長Pプレスに行ってみると、予想通り、業者から送られてきた段ボールが、まっさらな状態のまま置かれていました。


我々は、お仕事でお忙しい編集部の方から指示を受け、片っ端から段ボール箱に荷物を詰めました。


しかし、夜遅くまで掛けても全ての準備は終わりません。


仕方がないので、僕とY課長19日(土)も作業をすることになりました。


お仕事でお疲れの編集部の方々に無理はお願いできないので、我々だけで作業をするつもりでいたら、さんもやって来て、「あまりに申し訳ないので私も手伝います」と言ってくれました。


20日(日)は、さすがにPプレスの社員全員が出勤して引越し作業を行ないました。


終了後、駅前の「白木屋」で飲んだビールは格別の味でしたね。


この二日間、他の社員の方々と違い、僕とY課長は入社前なので完全な「ボランティア」でしたが、これからお世話になる会社であるし、女性社員だけで男手がないのは大変だろうと思っていたので、特に不満は感じませんでした。


むしろ、引越しが終わった後の事務所を見渡した時には、「6月から、ここで働くことになるんだなあ」と、感慨深かったくらいです。


そして4月末、取引口座開設を申請していた取次(本の問屋)のうち、最後の1社から「OK」という連絡が入りました。


これでPプレス2008年6月より、「発行・発売元」の出版社として独立できることが正式に決定したのです。


5月下旬になると、T社の人たちが僕とY課長の送別会を開いてくれました。


T社出勤の最終日となった5月30日(金)、僕とY課長は、「短い間でしたがお世話になりました。あまりお役に立てず申し訳ありませんでした」と会長(T社)に挨拶をしました。


すると会長は、「いや、いいんだよ。出版のことがいろいろ勉強できて、こっちも助かったよ。Pプレスに入ったら、あなたたち二人が営業の中核なんだから、頑張りなさいよ」と励ましてくれました。


会長には厳しく叱られたこともありましたが、この言葉を聞いて、「人間味のある人なんだなあ」と感激しました。


長年に渡って会社を経営してきた人は、やはり人間的にも器が大きいようです。


6月2日(月)、僕とY課長は晴れやかな気持ちでPプレスに初出社しました。


これまで、会社の倒産に見舞われるなど、さんざん浮かばれない思いをしてきましたが、それらはさっぱりと水に流し、我々には「今日から心機一転、この会社で頑張るぞ」という決意がみなぎっていました。


その時は、まさか1ヵ月あまりで二人とも辞めてしまうことになるなどとは、思いも寄りませんでした。


~つづく~


コメント

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■いつも拝見しています。

次の展開が気になります...

■ハラハラドキドキ

で、どうなっていくんでしょうか?

次回も楽しみにしています

■無題

できれば固有名詞が出ているとわかりやすいんですが・・・無理ですよね・・・

■ここまでは、希望に溢れていたんですね。

新しい旅立ちに向けての、お二人の努力の様子がよく伝わりました。
相当ご苦労があったんですね。
本来なら報われる展開になって欲しいんですが・・・・・

■無題

1週間で引越しの準備するって相当ハードだったと思います。それが終わってから飲むビールは最高でしょう☆
また続きが楽しみです!

■ぼくらの夢の「タイタニック号」建設

と思って、コツコツと書籍扱いコミックスの実績作り、取次店との取引交渉、新社屋に一番先に政権交代と下見に行き、新社屋のタイルカーペットを敷くために水引からすべて行ったり、パソコンの手配をしたり、販売の枠にとどまらずに会社のためと思って、それが楽しくてやってきた日が懐かしい。

■素晴らしいです

Y課長様と政権交代様が熱い情熱を持って
Pクトに入られたかが伝わる素晴らしいブログと
思われます。文末にも書かれてましたが、
これからどういった経緯で一ヶ月で退職される
ことになるのか興味深いです。

■無題

会社名・個人名にTが多すぎてわかりづらい。
個人名はABC程度に留めたほうがよくないですか?

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