僕が入社してしまった会社⑤
テーマ:Pプレス勢い勇んでT社に入社したものの、そこは、あまり居心地のいい場所ではありませんでした。
母体が「印刷会社」なので、「出版業界」に慣れ親しんだ僕やY課長は、なかなか社風に馴染めなかったのです。
朝は8時45分出社。
通常、出版社は9時30分や10時に始まるところが多いのですが、T社では親会社のS印刷に始業時間を合わせていました。
S印刷と合同の朝礼では、まず「ラジオ体操」を行ない、その後に「社訓」を唱和します。
しかも、それは「株式会社S印刷は…」で始まります。
どうも、出版部門は印刷部門の「おまけ」でしかないように思えました。
さらに、週3回は始業時間の30分前(8時15分)に来て、掃除をしなければなりません。
まあ、「早起きは三文の得」というくらいですから、健康には良いのでしょうが、これまでいた出版社との雰囲気の違いには非常にとまどいました。
Y課長は、「1年間、実績を積めば、Pプレスが出版社として正式に独立できる。それまでの辛抱だ」と自分に言い聞かせながら、Pプレスのコミックスの販促に今まで以上に精を出しました。
その努力が実り、Pプレスのコミックスは極めて好調な売れ行きでした。
しかし、T社の会長には、それが面白くないようです。
T社にとっては、Pプレスから毎月定額の「販売委託手数料(僕の月給より少ないくらいの金額)」が支払われるだけなので、いくらPプレスのコミックスが売れても何のメリットもないのです。
それよりは「自社の出版物を、もっと頑張って売って欲しい」というのが、T社の会長の本音でした。
一方、僕はT社の売れ残っている絵本や写真集を知っている書店に営業して回りました。
けれども、やはり売れ残っていた商品だけあって、最初は注文を取れても、結局は「返品」されてしまうのです。
前回、注文をくれた書店を訪問するたびに、「いやあ、政権交代さん。あの本さあ、悪いんだけど返しちゃったよ」と言われる日々が続きました。
さすがの僕も、だんだん気が滅入ってきました。
そのうえ、あまりにもT社の本の売れ行きが芳しくないので、データを上げるために、書店を回って「買い出し」をするよう命じられました。
「書店営業として入社したはずなのに、いったい僕は何をやっているんだろう。」
そんなことを思っていると、Y課長が僕に言いました。
「よし、政権交代もPプレスに入社できるように、オレが相談してみるよ。」
もともと、Y課長はPプレスが独立する際には同社に移籍するという契約でしたが、僕は、あくまでT社の社員として採用されているので、その後のことは特に決まっていませんでした。
ただ、T社の売れない本を営業するよりは、Pプレスのコミックスをバリバリ売る方が、はるかにやりがいがあるだろうなとは思いました。
Y課長がT元社長に話すと、「う~ん。確かに政権交代は欲しいけど、Pプレスの規模の会社で営業が二人というのは、ちょっと難しいんじゃないかなあ」という反応です。
そこで、Y課長は「よし、二人でT(Pプレス社長)に直談判しよう!」と僕に提案しました。
2007年12月のある日、僕はY課長と一緒にPプレスを訪ねました。
Y課長はまず、「政権交代は書店営業としてT社に入ったのに、仕事に張り合いがなくて腐っています」と話を切り出しました。
そして、「このままだと、S印刷(T社の親会社)が印刷を請け負っているB出版のコミックスを営業しろと言われるかも知れません。」
B出版というのは、Pプレスと同じ「女性向け同人アンソロジー」を出しており、元Pプレスにいた編集者が移籍しているので、Tにとっては「最大のライバル」であり、「絶対に負けたくない」出版社なのです。
そのため、B出版の名前が出てくると、Tの顔色が変わり、「それだけは困ります」と即座に言いました。
「わかりました。それでは、Pプレスが独立した暁には、政権交代さんを書店営業担当として迎え入れましょう。そのための準備を今から進めておいて下さい。」
僕の次の就職先が決まった瞬間です。
早速、T元社長に報告すると、「なるほどな。Yと政権交代は、お互いタイプは全く違うけど、とてもいいコンビだと思うから、二人いっしょに雇えるのなら、それに越したことはないよな」とのことでした。
Y課長と共にPプレスに入社することが決定したので、僕はPプレスのコミックスを営業するための準備を始めました。
もちろん、T社の手前、あまりおおっぴらには動けないので、少しずつではありましたが。
「女性向け同人アンソロジー」を発行している出版社は何社かありますが、いずれも小規模の会社なので、きちんと書店を回って営業しているところは皆無です。
従って、本気で営業をかければ、同業他社に比べて圧倒的に優位に立てることは明白です。
また、特殊なジャンルなので、どこの書店でも扱っているわけではありません。
コミックに力を入れており、かつ担当者が興味を持っている店でなければ、ほとんど取り扱いがないのです。
逆に言うと、ターゲットが非常に絞られているので、そうした書店さえ把握できれば、営業戦略を立てるのは容易です。
僕はY課長に頼んで、Pプレスのコミックスの配本リスト(本を送品した書店のリスト)を取次(本の問屋)から取り寄せてもらいました。
そして、リストに載っている書店を、近いところから順に、一軒ずつ訪ねてゆきました。
実際に担当者と会えば、このジャンルに理解のある熱心な人かどうかは、すぐにわかります。
こうして、「このジャンルに力を入れている書店リスト」を作ってゆくのです。
「何て原始的なんだ」と思われるかも知れませんが、営業ルートが確立されている老舗の出版社ならともかく、新規で立ち上げる時は結局、これが最も確実な方法です。
それに対してY課長の方は、FAX送信サービスのデータを整備し、FAXを使った受注活動や、「ポストカード」を始めとする販促物の充実に力を入れていました。
FAX注文書に毎回、書店へのアンケート用紙を添付し、書店担当者の声を集めるという工夫も行なうようにしました。
いわば、Y課長は「空中戦」、僕は「地上戦」という「二人三脚」で、営業活動を展開することにしたのです。
このようにして、「独立への機運」が高まる中、2008年という新たな年が幕を明けました。
~つづく~
■買い出し
買い出しを命じるなんて、
よっぽど困っていたのですね;
数字上はごまかせるけど、
実際の売上はごまかせないですよね・・・。