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ノーベル賞―紙と鉛筆、一挙に花開く

 日本の科学を大いに元気づける知らせが6年ぶりに北欧から届いた。

 米シカゴ大学名誉教授の南部陽一郎さんと、高エネルギー加速器研究機構名誉教授の小林誠さん、京都大学名誉教授の益川敏英さんのノーベル物理学賞の同時受賞である。

 南部さんの受賞研究は「対称性の自発的破れ」をめぐる理論だ。この奇妙な言葉は何を意味するのか。

 よく使われるたとえ話がある。

 円いテーブルにナプキンが並んでいたとする。右に置かれたのをとるか、それとも左か。迷っているうちに誰かが右を選べば、みんな右をとる。

 対称とはどの向きも同等ということだが、それがふとしたことで壊れ、そこに一つの向きが現れる。物質世界に広くみられる現象だ。

 この自然界の根っこにあるしくみを理論づけたことで「粒子にはなぜ重さ(質量)があるのか」といった素粒子論の難題の解決に道筋をつけた。

 小林さんと益川さんの研究は宇宙の対称性の破れに迫るもので、SFの香りがする。素粒子には、ふつうの粒子とそっくりだが、電気の正負などが逆の反粒子という一群がある。ところが、この宇宙はほとんどがふつうの粒子でできており、反粒子の「裏世界」は見あたらない。それはなぜか。この問いに向き合った。

 どちらも日々の暮らしには縁遠い。だが、人々の世界観を豊かにする。知的好奇心に根ざす純粋科学である。

 もともと日本には初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹さん、2人目の朝永振一郎さんに象徴される理論物理の伝統がある。「紙と鉛筆」の科学だ。3人はその継承者といえよう。

 歴史を振り返ると、こうした純粋科学も長い歳月を経て人々の生活を一変させることがある。たとえば1920年代に築かれた量子力学は半導体物理の礎となり、20世紀末にIT社会を花開かせた。純粋科学は未来社会に可能性を与えるのである。

 今回、基礎の基礎といえる科学に一挙に賞が贈られることを喜びたい。

 この受賞からは、今日の科学に対するいくつもの教訓が読み取れる。

 南部さんはアイデアを畑違いの分野から得た。いま応用面でも注目されている超伝導の理論を素粒子論に生かしたのである。専門のタコつぼに陥らなかったことが成果に結びついた。

 小林・益川理論の声価が実験によって定まったことも忘れてはならない。理論が予想する粒子は90年代までに見つかった。00年代に入ってからは精密な実験が理論を裏づけた。いずれも巨大加速器による実験で、費用面でも技術面でも一朝一夕には実現できない。

 科学には視野の広さと息の長さが欠かせない。3人の快挙はそんなメッセージを発信している。

麻生首相答弁―はぐらかすばかりでは

 所信表明演説で「私は逃げない」と胸を張った麻生首相。だが、衆院予算委員会での野党の論客との応酬では、そうした歯切れの良さは影を潜めたかのようだった。

 たとえば、野党から省庁に資料請求があった場合、事前に報告するよう自民党が求めた件。

 首相は「議院内閣制のもとでは特段の問題はない」としたものの、野党側に追及された石破農水相は省内の文書について「疑念を持たせた」と謝罪し、河村官房長官も各省庁に行き過ぎがないよう徹底する趣旨を答えた。だが、首相は「官房長官が答えた通り」とぶぜんとするばかりだった。

 厚生年金の記録改ざんの問題では、民主党の長妻昭議員が、改ざんが疑われるケースをサンプル調査するよう何度も迫った。だが、舛添厚労相がそれを拒否すると、首相は「厚労相の意見を尊重する」とかわした。

 道路特定財源の一般財源化では、来年度予算の概算要求で国交省が今年度を上回る道路整備費を求めていることを追及された。首相は「12月の予算編成で答えを出せばよろしい」と述べ、道路以外の事業にどのくらい振り向けるか語ろうとしなかった。

 今年度中に実施するという定額減税についても、来年度からの基礎年金の国庫負担率の増加についても、規模や財源は「年末に決める」として、具体像に触れようとしなかった。

 総選挙に向けて、閣僚たちが民主党攻撃のボルテージを上げるのは分かる。中川財務相は、民主党の政策の財源があいまいであることを指摘した。だが、麻生政権としてどのような政策を展開していくのか、首相が具体的に語ろうとしない姿勢は納得できない。

 総選挙で民主党に敗れれば先はないのだからというわけでもあるまい。政権が続くことを前提に、これからの政策の基本を明確にする責任が首相にはあるはずだ。

 金融危機や景気後退への緊急対応を強調するならなおさら、減税の規模や財源、社会保障の持続性などを説得力をもって国民に語ってもらわねばならない。景気対策での財政出動に前向きと言われる首相だが、では国債の大量発行に踏み出すのか、財源論抜きではキャッチフレーズの域を出ない。

 これでは、有権者は評価のしようがない。衆院の解散・総選挙を控えての論戦は、一票を投じるにあたっての貴重な判断材料となる。だからこそ、民主党は弱点とされる自らの政策の財源について、パネルまで用意して語ろうとしたのだろう。

 与野党には、財源をめぐる論争を深めるよう求めたい。首相は「どちらが政権担当能力があるか、明らかにすべきだ」と述べた。ならば答弁をはぐらかさず、もっと堂々と応じるべきだ。

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