証券市場の後退で発注も止まる

 回線の不良以外にも、悩みはつきなかった。「子供向けに開発したファミコンと、株式市場に関心がある証券会社の顧客という組み合わせが、うまく整合しなかった」と上村は原因を分析する。

 ファミコンをテレビ受像機に接続できないという電話がかかってきたり、通信アダプタが外れたままになっているのに通信できないという問い合わせがあったりした。

 電話とテレビ受像機が離れた場所にある場合、その間は配線で結ぶ。この配線が邪魔だと家族が反発し、返品になったケースもある。

 実際に利用できる状況になっても、株価を確認するため以外のデータにアクセスする人は少なかった。いろんな情報のデータベースを用意したり、株の注文もできるようにしたが、ほとんど利用されなかった。

 顧客の最大の興味は株価であって、それ以外の情報には興味がなかったということだろう。したがって株の売買にもあまり使われなかった。「ファミコンはオモチャという感覚があり、株式の売買をするのに利用してもらえるまで信用を得られなかったようだ」(上村)。

 そして、株価が下がり始めると同時に、証券会社の顧客が株価そのものに興味がなくなり、使われなくなった。出荷台数は13万台で止まった。「当たり前のことだが、見たい情報がなくなれば、だれも利用しなくなる」(上村)。

 それでも、証券向けは量産開始当初、見たい情報があっただけよかった。銀行向けはつらい。貯金の金利が株価のように変動するわけでもない。自宅で自分の預金残高を見て喜ぶ人はそういない。業務用では残高確認用の市場はあるが、パソコンを使えばよい。ファミコン用の通信アダプタの市場は最初から低調だった。

 「今も出荷が続いているのは競馬の在宅投票用だけになった」(上村)。この在宅投票システムは、在宅投票会員が、投票用の装置にパソコンや専用マシン、電話に小さなディスプレイを付けたディスプレイホンなどから選択できる。ファミコンを端末に選ぶ人が35%程度という。競馬向けの通信アダプタ出荷台数は、10万台に迫っている。

 「競馬は、昔も今も楽しい」(上村)。楽しくて見たい情報があるから、今も通信アダプタの出荷が続いているというわけだ。