国立国会図書館(長尾真館長)が法務省の請求に基づき米兵による犯罪の裁判権に関する資料を閲覧禁止とした問題が波紋を広げている。この措置を受けて、北海道大付属図書館も所蔵する同じ資料の利用制限を始めた。これに対し、国会図書館も加盟する日本図書館協会(塩見昇理事長)は、閲覧制限の見直しを要請した。【臺宏士】
●300点が閲覧禁止
国会図書館が利用禁止としたのは、日本国内で罪を犯した米兵の取り扱いについて法務省が1972年に作成した「合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料」。インターネット上の目録からも一時削除した。
53年以降に法務省や最高検が出した通達や解説などを掲載。中には、日本の第1次裁判権が及ばないとされる「公務」に、通勤途中や職場での飲酒などを含むとし、その範囲が拡大していることを示す文書や、実質的に重要な事件のみ裁判権を行使するよう指示した文書が含まれていた。米兵犯罪に慎重な検察当局の刑事裁判権の運用姿勢を示すものとして波紋を広げている。日本政府はこうした特別な扱いを公式には認めていないからだ。
法務省から今年5月27日に利用制限するよう文書で申し出があったことを受けて、6月11日に利用禁止を決めた。法務省は利用中止を求める理由について、他国との信頼関係への影響▽捜査への支障--を挙げている。
国会図書館では内規(88年制定)で、(1)名誉、プライバシーなどの人権を侵害することが裁判で確定した資料(2)わいせつ物に該当することが裁判で確定した資料(3)児童ポルノに該当することが裁判で確定した資料(4)国などが発行した資料について当該機関が非公開とすることを決定したもの--などについて利用制限できることを定めている。幹部でつくる「利用制限等申出資料取扱委員会」は、今回の資料は(4)に該当すると判断した。
国会図書館によると、利用制限している図書は現在、約300点に上るという。これとは別に、児童ポルノについては「児童ポルノ禁止法」の定義に照らして利用制限した図書が約120点あるという。
同じ資料を所蔵する北海道大付属図書館も9月から「当面の間」として利用を制限した。
図書館の説明によると、資料は87年に古書店から購入した。新潟県内の公共図書館から9月初め、資料についての複写依頼があった際に、国会図書館で利用禁止となっていることを知り、検討の結果、利用禁止措置を講じたという。
加徳健三・情報サービス課長は「当面としている利用制限の期間をどうするのかなど弁護士とも相談し、なるべく早く結論を出したい」と話している。
●図書館の自由
「国会図書館の役割は、国会に対する資料・情報提供、調査機能のほかに行政の監視機能もある。監視される法務省からの要請に基づいて閲覧を制限するようではその役割を果たしていない」。日本図書館協会・図書館の自由委員会の山家(やんべ)篤夫委員長はこう批判した。同協会は9月10日付で、国会図書館に出した文書の中で、(1)利用禁止措置を速やかに見直す(2)「内規」の関係規定の見直し--を求め、「国会図書館は適正な職務として資料を収集し、長年、自由な利用に供してきた。作成機関(法務省)が国民の目から遮断するよう求めたことを理由に、応じることは過剰な自己規制にあたる」と指摘した。
同協会が54年に採択(79年改定)した「図書館の自由に関する宣言」は、図書館は資料提供の自由を有する▽図書館はすべての検閲に反対する--ことなどを掲げている。山家委員長は「閲覧制限は寄贈者や寄託者の意思を尊重する程度でいいのではないか。現在のように第三者から入手した図書にまで広げる必要はない」と話した。
法務省作成資料の利用制限問題は、国会でも取り上げられた。関係者によると、8月27日の衆院議運委・図書館運営小委員会(川端達夫小委員長)懇談会では委員から利用制限の解除や、内規の見直しを求める声が上がった。また、9月18日の参院議運委(西岡武夫委員長)理事会では、国会図書館が議運委などに諮ることなく内規で利用制限したことについて国会図書館法の不備を指摘する声も出たという。
一方、自民党の世耕弘成参院議員(議運委筆頭理事)は9月17日付の自分のブログに「極秘マーク付きの行政文書を国会図書館で閲覧できるようにしたこと自体が問題だ」と書いた。
国会図書館は8月21日、フリーライターからの閲覧請求を退けた。代理人の日隅一雄弁護士は「閲覧できる権利の侵害だ。提訴したい」と話している。
国立国会図書館の吉本紀・収集書誌部副部長に話を聞いた。
--今回、利用制限した理由は何か。
◆図書館は知る権利を保障する憲法21条と深いかかわりのある機関だ。国会図書館は図書の利用制限については自ら決めるのではなく、申し出主義を原則とし、内容についても恣意(しい)的な判断はしないようにしている。今回は情報公開請求に対して法務省は不開示とする資料だったことから、内規に基づき利用を制限した。国会図書館は所蔵する図書の返還や回収には応じていない。法務省の回収の求めにも応じなかった。
--国会議員の閲覧請求には応じていますね。
◆立法政策、国政審議に必要である国会議員に対しては一般利用者に制限している資料も利用できるようにしている。例えば、児童ポルノを禁止する法律を作ろうとする国会議員は、児童ポルノとはどんなものなのかを把握しておく必要があると考えるからだ。
--なぜ非公開文書が閲覧できるようになったのか。
◆国会図書館は納本図書館として国の行政機関が発行している資料等を含めて納めてもらっている。国内で出版されたものを、漏れなくあらゆる手段で入手するのが任務だ。今回の図書も90年に古書市場から数千円で購入したがこうした資料では「秘」や「複写を禁ず」とあってもその後も有効かどうかを一つ一つ追いかけているわけではない。
--国会図書館も加盟する日本図書館協会は見直しを要請しました。
◆図書館協会の要請は重く受け止めている。だからといって回答すべきものとは今のところ思っていない。ただ、内規には社会的事情の変化に応じて、3年以内の見直し規定がある。利用制限制度の趣旨を国民に理解してもらうために、より運用の透明化を図る必要があるとは思う。これまでにも名簿類など解除した図書はある。
==============
■国立国会図書館 資料利用制限措置等に関する内規(抜粋)
(利用制限措置を採ることができる資料)
第4条 利用制限措置を採ることができる資料は、次のとおりとする。
4 国若しくは地方公共団体の諸機関又は次に掲げる法人により、又はこれらのもののために発行された資料で、その内容の公開を制限し、又は非公開とすることを当該機関又は法人が公的に決定したもの
(再審議等)
第10条 利用制限等申出資料取扱委員会は、利用制限措置が決定された資料について、一定の期間が経過する前に、又は当該措置に影響を及ぼすような社会的事情の変化があったと認めるときは、当該措置について再審議し、その結果を館長に報告する。
毎日新聞 2008年10月6日 東京朝刊