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記者の視点
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医療者の本音と社会通念のはざまで
確保ビジョン具体化検討会に見た「効果」と「課題」
2008.10.3
インドネシア・バリ島の伝統芸能に「バロンダンス」がある。善の象徴である聖獣バロンと悪の象徴の魔女ランダが、ガムランという楽器の演奏に乗せて延々と戦い続ける物語だ。舞踊や演奏の美しさもさることながら、善と悪がどちらも倒れることなく繰り広げる戦いは、勧善懲悪とは異なる「アジア的」な価値観を象徴しているようで、親近感を覚える。
このほど中間取りまとめが公表された「安心と希望の医療確保ビジョン具体化に関する検討会」の議論にも、さまざまな「効果」と「課題」があったことを指摘しておきたい。
◎事務局主導からの脱却
この会議は、舛添要一厚生労働相が自ら委員を人選。官僚や既成の医療団体などが主導した従来の検討会とは一線を画し、医療者を中心とした現場の「本音」で議論しようという、舛添厚労相らしい取り組みだった。事務局がまとめた報告書案をベースに議論することなく、委員自らがまとめ上げる主体的な姿勢も見られた。ご苦労された委員の方々に心から敬意を表したい。
◎ドクターフィーや臨床研修見直しに言及
「効果」から書こう。中間取りまとめには、診療報酬に医師への直接手当(ドクターフィー)を導入することによる外科系医師へのインセンティブが盛り込まれた。医療行為を評価する診療報酬が医療機関を通じて分配される現行の体系に不満を抱く現場医師は数多いが、報酬の公平性など複雑な課題も抱えている。厚労省が主導すれば、こうした問題が取り上げられることは事実上不可能に近い。今回の中間報告案で盛られたことは、今後の診療報酬体系の見直しに向け一石を投じる画期的な指摘だといえる。
今日の医師不足・偏在を招いた大きなきっかけとなったといわれる医師臨床研修制度についても、研修期間の短縮の可能性などを含めて検討することが提言された。制度見直しについての議論のあった翌日には、舛添厚労相が文部科学省と合同で検討会を設置することを表明。こうした対応は、従来に見られないスピード感だった。
◎保育所に医師の子優先には「待った」
一方の「課題」。これまであまり丁寧に報じられてこなかったが、取りまとめの前段階で提出された「骨子案」では、「一般保育所への医師の子どもの優先入所」を普及させることが盛り込まれていた。
医師の過酷な労働環境を改善したいという現場医師の「本音」が垣間(かいま)見られる一文だが、保育所への入所を希望しながらかなわない人は医師以外にもたくさんいる。医師の子どもだけを「優先させる」ことに社会的な理解を得るのは難しい。
このような議論もまた、「公僕」たる官僚が主導する検討会で議題に上ることはなかっただろう。さすがに医療者以外の委員から「待った」がかかったため、中間取りまとめでは修正が加わったが、医療に対する国民の厳しい目をもっと意識すべきだった。
骨子案の取りまとめに医療者以外の委員が参加していなかったことに加え、一部委員以外の医療者が参加していたことも、民主的な議論の取りまとめという観点から課題といえる。そもそも、医療者以外の委員の発言が圧倒的に少なかった。
舛添厚労相も会議の中で、事あるたびに「医師を信頼しない国民の立場で発言することもある」とフォローしていたが、医療提供体制の専門的な議論に一般市民の委員が加わるのは無理があった。委員本人の責任ではなく、大臣の人選に問題があったといわざるを得ない。
バロンダンスは、単に善と悪が存在するというだけでなく、それぞれが激しい戦いを続けるからこそ魅力がある。ジャーナリズムもまた、新しい取り組みの「効果」を適切に評価しながら「課題」を指摘し続けるというせめぎ合いの姿勢が必要なのだろう。(岩崎 知行)
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