2008年10月06日

本日のネタオチ

昨日、読者からの情報で、長野県の松本市にあるラーメン屋さんのレジ横に、「内在神への道」が数冊平積みされていたと聞きました。静かに5%運動をする人が居ると知り、嬉しく思いました。5%運動とは、現状のアタリマエにしてしまっている事に、まず気付いて欲しいと、日本の国土自体が御神体である国常立太神(クニトコタチオオカミ)の啓示を受けたのが始まりでした。(伊勢ー白山 道)

【抜粋】
元(もと)の神と自分自身との1対1の再会が、古い魂の人から順番に日本全国で始まり出しています。 
5%運動が力を増すに連れて、全人類が元の神を自分の心に既に宿していた事を思い出し始めるでしょう。
すると、日常のアタリマエな物事の有り難さに、ただ涙する事が始まります。
アタリマエ事は、元の神の命懸けのプレゼントだからです。

★我は先日出張の帰りに、関空から大阪市内に向けてのリムジンバスの車中でこれを体験したアル・・・斜め前の座席に赤ちゃんを抱いた女性が座っていたのだが、その赤ちゃんを見ながら、うとうとしながらグレゴリオ聖歌をipodで聞いていたアルよ。太陽は大阪湾に向けて赤みを帯びながら沈んでいこうという状況で、夕日がきれいだなとか感じていたヨ。ふと松下誠さんの「本当のあなたに気づく」という文章を思い出して、赤ちゃんを見ながら、我はいつの間に本当の自分を見失ってしまったアルか・・・悲しい・・という気分になったアルヨ。そうしたら、ipodからUbi Caritasが流れてきたアルヨ。「愛と慈しみがあるところ、神はそこに在る」・・・我は突然神が我の隣の席に座っておられるのではないかという衝撃に見舞われたアルヨ。で、びっくりして隣を見たら、くたびれたただのオッサンあったヨ。今のはなんだったんだと思って汗をぬぐうと、今度は深い深い内的な平和に心が満たされたアルヨ。つまり、神は外にではなく、我の中におられたのだ、と。鍵がなくなって家中ひっくり返して大騒ぎしたら、ズボンのポケットに入っていたのを見つけた気分といえばわかるアルか?我は縁のある人たちにこのことを気づいてほしいアルヨ!我は伊勢ー白山 道リーマン氏が偽霊能者かどうか、そんなことは関係ないと思っているアルヨ。神秘現象はそれを体験する人の嗜好や背景になっている文化によって、同じことが様々な形をとるからアル。キリスト教徒が天使を見れば典型的な羽根のある姿であろうし、中国人が見れば敦煌の壁画に出てくるような飛天の天女であろう。問題はそのようなところにあるのではなく・・・感謝のこころを捧げることは、あなたを、確実に、天の梯子を昇らせるということを我は言いたいアルヨ。そうした意味で、伊勢ー白山 道リーマン氏も、五日市 剛氏も同じ使命をもって使われている器といえるのではないアルか?

★新型インフルエンザ対策商品★

運命が変わる未来を変える―五日市剛・矢山利彦の 検証ツキを呼ぶ魔法の言葉(著)五日市 剛, 矢山 利彦

こころのチキンスープ〈2〉―生きることは愛すること(著)ジャック キャンフィールド, マーク・ビクター ハンセン

fgejtocfk4fk5j23dk5 at 19:51 │Comments(1)この記事をクリップ! ネタ・キチガイマスコミ 

この記事へのコメント

1. Posted by 喜多龍之介    2008年10月07日 00:14
私はあのブログはあれでかまわないと思っているし、構った所で本当に悪党だったとしても、鰯の頭も信心からで他人がキャースカ言ってどうなるものでもないし、悪党じゃなくても悪党だと騒げば信じる人は勝手に信じたり、挙げ句の果てに別の人の信者になるだけだし、それがどうにか出来ると思うのはおこがましい以外の何物でもないわけだ。

悪党だとしても、勘違いしない人はイイトコ取りだけで、嘘は放置プレーするだけだし。つか、きっかけにして自分で考えるルーティンを起動させる人だっているでしょ。

人は人に教えられてものを分かるのではない。

という根本的なポイントを押さえていれば、なにがどーでもどってことない。

くちゃくちゃ言う人は、悪党かもしれないけどそうじゃないかもしれない人と、そういう人に信者してみたりする人と、実はあんまり変わらないんだ、とか言うとうちのコメ欄荒れる?って、もとからないからどーでもいいや。はっはっは。

まあ、閣下の良いの所は、ゴールドや紙幣の香もするし、女の香もほのかにただようのに、神々しい光がヒョイヒョイ射す所です。

明日もニュースと相場が楽しみだ。

こんな時代に生まれたなんて、ボクってなんて絶好調♪

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔