来年5月に始まる裁判員制度で、少年事件の審理の在り方を懸念する声が出ている。書面審理をしない裁判員制度では、少年の成育歴や家庭環境などを調査した記録(社会記録)も法廷で朗読される。だが、公開の法廷ですべてを明らかにすれば少年のプライバシーが侵されかねない。一方で、朗読する分量を絞れば裁判員の理解が不十分になる恐れもある。最高裁は対応策の検討に乗り出した。【銭場裕司、北村和巳】
故意の犯罪で人命を奪った16歳以上の少年は原則として家裁から検察官送致(逆送)され、成人と同様の刑事裁判を受ける。07年度は原則に従って全国で32人が逆送されたが、裁判員制度が始まれば、少年は新制度で裁かれる。
ただ、少年の刑事裁判では立ち直りの可能性が重視され、少年院送致などの保護処分が相当と判断されれば再び家裁で審判を受けさせる手続きもある。そこで重要資料とされてきたのが、家裁調査官などが作成した社会記録だ。
社会記録には少年本人が知らない成育歴や家庭の事情などが含まれるケースが多いことから、これまでは法廷で朗読せずに、書面審理する慎重な取り扱いがされてきた。しかし、裁判員制度の下で社会記録をどのように扱うかこれまで十分議論されてこなかった。
そこで最高裁は司法研修所を中心に、社会記録について▽公判前整理手続きで必要部分だけに絞って証拠提出する▽成育歴などは被告人質問で少年自身に語ってもらう--などの対応策の検討を始めた。今秋にも報告書としてまとめる予定だ。 一方で、事件数が少ないことなどから最高裁は全国規模での少年事件の模擬裁判は行わない方針だ。これに対し、大阪弁護士会は大阪地裁、大阪地検と協力して今月29日に独自の模擬裁判を実施することを決めた。証人尋問や評議などに絞り、課題を浮き彫りにしたい考えだ。
同弁護士会の大川一夫副会長は「成人の事件と違う点がどれだけあるのか、実際に模擬裁判をやってみることで学びたい」と話している。
裁判員制度の下での少年事件の審理について専門家に聞いた。
川崎英明・関西学院大大学院教授(刑事訴訟法)は「少年が保護処分に適するかどうか判断するのは、単に刑事罰を決めるよりも難しい」と指摘する。その上で「少年法の保護主義の精神を生かすには、社会記録をきちんと調べることが大事で、記録内容を簡略化することには問題がある。法廷では検察官と弁護人の合意のもとに、プライバシーに触れる部分が公にならない工夫が必要だ」と話す。
東京都板橋区で05年、両親を殺害した少年=懲役12年確定=の弁護人を務めた高岡信男弁護士は「少年事件は動機や未熟さなど大人と違う面があり、専門家の証言も必要になる。裁判員に正確に理解してもらえるか心配で、大人の裁判以上に審理日数がかかるのでは」とみる。
97年に神戸市で起きた小学生連続殺傷事件を担当した元神戸家裁判事の井垣康弘弁護士は「裁判員制度では、少年の人間性が改善される期待が持てる限り、刑事罰を科すのではなく、なるべく教育を施す方向が強まるのでは」と変化を予測している。
毎日新聞 2008年10月5日 東京朝刊