既に18万個を売り上げ、検査結果を信じて病院にいかず死亡した事例もあることから主要各紙がこぞって取り上げるニュースとなっている。
・「尿でがん」ニセ検査キット摘発、「陰性」信じ死亡例も : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
・asahi.com(朝日新聞社):「がん検出、尿検査で」無承認医薬品販売容疑の3人逮捕 - 社会
・薬事法違反:がん検査キットを無許可販売、業者ら3人逮捕 - 毎日jp(毎日新聞)
・「効果ない「がん検査薬」販売 輸入会社社長ら3人逮捕」事件です‐事件ニュース:イザ!
ニュースから情報をざっとまとめると、逮捕されたのは以下の三名
神戸市東灘区向洋町中1、輸入薬品販売団体「プロジェクトキャンサー」(神戸市)代表、南秀明容疑者(63)
同所、同団体日本支部代表、黒原秀直容疑者(37)
東京都中央区佃2、看護師紹介会社「マリア・クォールホールディングス」の女性社長、飯田祐巳(ゆうみ)容疑者(37)
南、黒原容疑者は既に容疑を認めており、飯田容疑者は「違法だとは知らなかった」と一部否認している。
容疑は、尿検査だけでがん診断が出来るとうたう実際には効果の無いがん検査キットを販売したこと。
この検査薬の名前は「CCDキット」で、警視庁の鑑定により、含有成分は水銀とニッケルだけで効果がないことが判明した。
容疑者らはこのキット18万個を健康食品会社などに卸して3億2千万の利益を得ており、キットの購入者の中には検査結果を信じ、がん摘出手術を拒否して死亡したものも存在する。
南容疑者らの供述によるとこのキットは香港から輸入されたということだが、海外でこのようなキットが使われている事実はなく、警視庁は南容疑者らがキットの製造にもかかわっている可能性があるとみて調べている。
最近詐欺の世界でもアウトソーシングが盛んなので、恐らくこの検査キットも彼らが中国で作らせたのだろうな。
以前「死の確率計算」で取り上げたが、日本人の死亡率の一位はがん(悪性新生物)である。3割の人は癌で死ぬのだ。
それゆえに、がんの患者をターゲットする悪徳商法、詐欺行為は尽きることが無い。
◆サギとマルチと疑似科学
さて、ここから本題。
サギとマルチと疑似科学というのは、それに裏で関わる人間が同じという点でかなり密接なつながりを持っている。
例えばこの事件の主犯格の南容疑者は、実はちょっとした有名人で、MLMとかネットワークビジネスとか呼ばれている商法、いわゆるマルチ商法の世界では昔からかなり名の通った人間だった。
ニュースキン系のマルチなんかで何億も稼いでこんな本も書いている。
Amazon.co.jp: ニュースキンバイブル―ブルーダイヤモンド栄冠の報告: 白上 敏広, 南 秀明: 本
昨日削除されたが、携帯向けのサイトも持っていて、MLMビジネスのやり方なんかを配信していたようだ。
今月も何件も講演のスケジュールが入っていたみたいだが、全部キャンセルかな?自業自得だが。
南グループ - ジャストメール【携帯用メール配信システム】
基本的にMLMで儲けている人間というのは何千人、下手をすると何万人もの「子」を抱えている。そしてボスの「次に流行るビジネスはこれだ」という号令の下、集団で次々と新たなマルチ商法を渡り歩く。当然だがそれによって儲けを得るのはボスをはじめとした一部の人間だけで、マルチ商法においては「子」は『鵜飼』を太らせるための『鵜』にすぎない。
そして、南容疑者もこうした『鵜飼』として名を知られた人物の一人である。
こういうことをしている人間は、大抵自覚的に他人を食い物にしている。
儲けを得るために一線を踏み越えるのは、ある意味当然の帰結なのだろう。
このニセ検査薬の卸し先は当然彼が関与しているマルチであり、彼は文字通り自分を信じる人の生き血を啜ったのだ。
少し話が変わる。
もう10年近く前の事になるが、別冊宝島から「隣のサイコさん」という本が出た。
この本は副題に『「いっちゃってる」人びとの内実』とあるように、覗き見趣味のあまり品のよい本とはいえないのだが、この中に「クロサギ」シリーズの原作者である夏原武氏がマルチ商法の内実を暴く寄稿をしている。
これを読むためだけでもこの本を手に取る価値があると思うので、ちょっと紹介しておこう。
この本の中で夏原氏はマルチ商法を手がけるコンサルタントT氏に対し取材を行っているのだが、T氏によるとマルチ商法が成立するには3種類の人間が欠かせないそうだ。
P.248〜 『マルチ商法の人びと 金のなる木と誇大妄想』より
「だからね、マルチっていうのは、トップに置くのはキチガイ、幹部はスマートで計算上手な奴、下は馬鹿で固める。これが鉄則。周囲が辟易するくらい自分の論理を信じて、自分を天才だと思い、世界を変える力があると思い込んでいる人間をトップに置く。昔のシステムなら、こいつにほとんどの金が流れてしまうわけですよ、Aのように。でも、今はそうはいかない。利益は全て我々のところに来て、リスクだけが彼のところに行くわけ(笑)
それから、下部、末端はね、Kみたいな馬鹿がいいの(笑)。あれはキチガイじゃなくてね、単なる馬鹿。無知無教養のくせにプライドが高くてインテリに憧れている、誰かから自分の見識の高さを褒められたがっている間抜けだよね。こういうのを下部にどの程度持てるかによって決まるんですよ、組織は。」
<中略>
「マルチ商法の根幹はだいたいそういうことですよ。システムは、ほぼ完成されています。あとは、魅力的な商品を見つけること。それから、責任をしょってくれるキチガイというか、マッドサイエンティストのような『天才』を見つけること。そうすれば『馬鹿』のほうは自然に集まってきますよ(笑)」
こういうのが「本物の詐欺師」である。頭のいい人間は決して表には出ず、他人を操り金だけを得る。
ちなみにここに出てくるT氏は、東大卒でN証券に勤務経験を持つ『闇のエリート』とでも言うべき経歴の人物だ。古いタイプのマルチでは今でもまだトップの『キチガイ』が全てを取り仕切るところがあるが、最近のマルチは幹部クラスにこの手の人間が集まり、利益を吸い上げるように出来ている。
さて、T氏の言葉をよく読めば、疑似科学がこういう詐欺師達にとって格好のターゲットとなることはすぐに理解できるだろう。
あいにくこの業界は『キチガイ』として担ぎ上げることが容易なトンデモさんが掃いて捨てるほどおり、売り物になる商品にも事欠かないからな。金のなる木を彼らが見逃す道理は無い。
いわゆる水商売系には昔(あるいは今も)マルチで稼いでいた人間が多く関わっているし、健康食品系や冒頭で紹介したようながん治療系のニセ科学の影にも必ずこの手の人間の影がちらついている。
健康食品、医療系の疑似科学詐欺でも、「『キチガイ』を利用して『馬鹿』を騙し、『幹部』が金を巻き上げる」というシステムは既に確立されている。
このシステムの典型的な例が、いわゆる「バイブル商法」と呼ばれているやつだ。
あれもバイブル本の中でどこぞの医学博士と持ち上げられている人間は『キチガイ』として御輿に担がれているだけで、裏には商品化から広告、販売ルートの確保まで全てを取り仕切るコーディネーターが存在する。
表に出ている看板を叩くのは簡単だが、所詮彼らはトカゲの尻尾に過ぎない。
これは疑似科学批判を行う人間ならきちんと押さえておくべきところだな。
◆おまけ
おまけとして本書内で取り上げられているきわめつけの『キチガイ』と『馬鹿』の事例を一つずつ取り上げておこうか。
まずは『キチガイ』の方。
T氏の紹介で、彼がコンサルティングをしているというマルチのボスに会うことが出来た。詳しく書くわけにはいかないが、浄水器や布団関連のマルチと書けば、ピンと来る人もいるだろう。
このボスはまだ若く、三十代前半。国立大学を卒業し、アメリカのハーバード大学に留学、そこでこの画期的商売を思いついたそうだ。
「ああ、Tさんの紹介の方ですね。まあ、どうぞ。彼は、私の論理を最初に理解してくれた人でね、私の次ではあるものの、頭のいい人ですよ。うん、いやあ最初ね、これを思いついたときには、叫びそうになってしまいましたよ。うんうん、エウレカね、エウレカ(笑)。だってそうでしょ、たかが大学生が、世の中の経済の仕組みを変えてしまうようなシステムを考えついてしまったんですよ。マルクスやエンゲルスなんてもんじゃないですからね。
当時は学生でしたから、これは論理として完成され、発表されることがいちばんだと思ったんですよ。幸い私は、向こうでビジネスや経済学を学んでましたしね。ただ、ちょっと怖かったんですよ。これだけ素晴らしいものを発表すれば、当然ノーベル賞でしょ?世間は騒ぐし、既存の企業家たちは私を憎みますよ。一般の人びとは私を神のように崇めるかもしれませんが、権力者たちに睨まれる、いや、場合によっては抹殺されるな、と正直怯えましたよ」
彼は世界を救うためと決断し、論文を発表した。だが、マルチ商法をアレンジした程度にしかすぎないその論文は一笑に付され、教授からは真面目に勉強するよう叱責された。彼はもちろん、そうは受け取らなかった。
「圧力ですね。予測されうる最悪の事態ですよ。つまり、これが発表されてしまえば、私の正しさは世界が認めるところとなります。ですが、これを世に出さなければ、押さえがきく、そう判断したわけでしょう。まさか、教授までがあちら側の人間だったとはね。」
<中略>
おそらく、周囲は彼の言動を察知してセラピストの世話になることを勧めたのだろうが、得てしてこういうことは逆効果を招く。彼は、自分の周囲が「あちら側」に取り込まれていることを察知し、急きょ論文をアメリカの新聞社や雑誌社に次々と送った。
しかし中には物好きな編集者がいるもので、「今世紀最後の経済論理」などと称して、その論文を掲載した雑誌があったのだ。もちろん……お笑い記事として紹介された。「馬鹿なジャップ」という侮蔑がこめられていたのだろう。記事のコピーを見せてもらったが、メガネに出っ歯の日本人が、マルクスやエンゲルスに金の数え方を教えている稚拙なイラストが添えられていた。
ところが彼はこれで自信をつけ、アメリカの銀行などに融資してもらおうとした。確かにアメリカには映画の脚本を見せるだけでも金が借りられる、といった土壌があるにはあるが、三流雑誌のお笑いコーナーに載った電波人間に金を出すほど酔狂ではない。
ただ、論文の掲載は、彼に大いなる自信を与えてしまう結果になった。
どうだろうか。これがマルチの『教祖』に求められる資質である。
人間が他人を見抜く目というのはかなり鋭く、本気の人間とそうでない人間というのは誰しもそれなりの確度で見抜くことが出来る。
詐欺師たちはそれをよく知っているから、組織のトップにはこういう『キチガイ』を配置する。そうすれば彼らはその狂信の域に達した信念によって、集めた『鵜』を感化してくれるからだ。
次は『鵜』として使われている『馬鹿』の例。
次に登場してもらうのは、世間で言う被害者。騙され騙され、資産のほとんどを失っている。彼の名前を仮にK氏としておこう。年齢は五十五歳、現在は横浜市にある1DKのマンションに一人で暮らしている。
<中略>
K氏はもともと、東京の世田谷区にかなりの土地を持つ地主だった。一人っ子で親が早くに死んだため、二十歳くらいから仕事もせずに暮らしていたという。金の使い道を知らない典型的な人物だ。こういう人間は、カモネギどころか鍋に入って待っている具の類なのだろう。
「私ね、自慢するわけじゃないんですけど、家も五軒ほどあったし、別荘も三軒ありましたよ。車だってね、ベンツからポルシェ、フェラーリなんかまであったんですから。バブルの頃じゃないですからね、そりゃ目立ちましたよ。今ですか?いやあ、それ言われると困るんですけど、今は何もないですよ。そのうちまた昔と同じになりますけどね。
ねずみ講(国利民福の会)もね、あと一年もってくれれば、私のところにもドンと金が入ってくるところだったんですよ。惜しかったですわ。で、次がアレですよ、アムウェイ系ね。これはマルチじゃないと向こうさんが言ってるんですけど、私としてはどっちでもいいんです。最初に一千万円払ってね、いきなり卸しですから。いや、こういうことはね、最初に投資する金を惜しんじゃいかんのですよ。ドンといかなきゃ、ドンと儲からない。本当ですよ。でも、ここもねえ、あと半年というところでだめになってねえ。その後もいくつかやったんですけど、いちばん損したのが、例の豊田商事です。
いや私はね、これ(豊田商事)はいいと思ったんですよ。日本もいよいよ金の先物の時代だと。そういうことには目端が利くんですよ、私。いやあ、情報収集能力でしょうね。ところが、これもだめになりましたわ。うーん、要するにね、我慢のできない馬鹿な貧乏人がいるからいかんのですよ。投資してすぐに回収できると思い込んだり、上がまとめてドカンと動かしてるのに、それを自分達の金が盗まれたみたいに騒ぐでしょ。これがいかんのです。
いや私のようにね、ちゃんと待てる人間だっているんですよ。そりゃ、みんな今は苦労してますけどね、ある程度の期間さえ耐え抜けば、必ず春は来るんですから。」
筆者は話を聞き続けるのに嫌気がさした。春が来ているのは、この人の頭のほうではないのか。
これはかなり極端な例だが、マルチの世界の被害者にはこういった人間が少なくない。
ここが踏ん張りどころとズルズル底なし沼にはまり込んでしまう、自分を客観的に見れない人間だ。
こういった二種類の人間をT氏のような詐欺師がうまく転がすことでマルチは成立している。
自分で書いていても正直吐き気がしてくる話だが。
Amazon.co.jp: 新装版 隣のサイコさん―「いっちゃってる」人びとの内実 (宝島社文庫): 別冊宝島編集部: 本
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目くそ鼻くその世界です。
いつもバレバレな自作自演コメをありがとう。
おかげで疑似科学やマルチに引っ掛かるようなタイプがどんな人間か、事例に事欠かなくて助かります。
ついでに一見さん向けにいつものリストもおいておきますね。
「ふま」一族の陰謀(と、いっても個人)
http://gallerytondemo.blog.shinobi.jp/Entry/66/
それで疑問に思ったんですが、なぜ警察・検察は逮捕しない・もしくは逮捕しても懲役刑の軽い(4〜5年くらい)方ばかり出すんでしょうかね・・・。