「20世紀は領土紛争の時代だったが、21世紀は水紛争の時代になるだろう」──水問題の深刻さを語るときにしばしば引用されるセラゲルディン前世銀副総裁の言葉だ。水に恵まれた日本に住む私たちには実感が乏しいが、水資源をめぐる国家対立は過去何度も起きているし、安全な水にアクセスできない人が世界の5分の1に達するといわれる。水問題は人類のさらなる紛争の火種となりかねないのだ。日本も、食料の形で輸入している水を計算に入れると、実は水の「輸入国」である。「日本人はもっと水問題に関心を持つべし」、と呼びかけるのが、文部科学省総合地球環境学研究所の沖大幹助教授だ。
──水問題というと、遠くの井戸まで水を汲みにいくこどもたちの姿が真っ先に連想されます。
たしかに、前回の世界水フォーラムで発表された「世界水ビジョン」でも、世界60億人のうち、12億人が安全な水にアクセスできない状態にあり、毎年300万人〜400万人が水に関連した病気で命を失っていると警告を発しています。飲み水の問題は、貧困対策と同様に世界の大きな社会問題となっています。でも、これは水問題の一面にすぎません。
──といいますと?
飲み水は、利用される水資源の量としてはごくわずかなんです。考えてもみてください。人間が1日に飲む水は2リットルあれば十分。年間でいうと一人1立方メートルもあればすむ。よくミネラルウォーターは石油より高いと揶揄されますが、それはボトル入りの水に限っての話。嗜好品だからです。水道水なら1リットル0.1円〜0.2円にすぎません。国際的にみても水道水は1トン1ドルが相場で、こんなに安い資源はほかにない。鉄クズだって、古紙だってトンあたり2000円〜3000円はする。その水道水を、日本人は一人1日330リットル、年間120立方メートル使うといわれています。つまり生活用水として使っている水が、飲み水の100倍以上あるわけです。さらに、食べ物をつくるときはその10倍必要とされます。米や小麦をつくるために必要なだけでなく、牛を育てるにはトウモロコシがいる。牛の可食部を1kg増やすためには13倍の穀物が必要です。それをカウントすると、先進国では1人あたり年間1000立方メートルもの水を使っていることになる。
──食べ物をつくるために必要な水は、飲み水の1000倍ということですね。
そうです。その水が足りない。今後途上国を中心にしてますます人口が増加していく。その食糧需要をまかなうだけの農業用水がないんです。過去30〜40年の統計を見てみますと、農地面積は増えておらず、耕地面積あたりの収穫高が伸びているわけですが、これは肥料や品種改良の成果もありますが、灌漑が大きな要因だったんですね。しかも、反収が多い品種というのは、水のコントロールが非常に重要なのです。農地面積はもはや限界に近いのに、水がもっと必要とされる。それがアフリカや中国、インドなど、いまも水危機が叫ばれている地域に起きる。食料をつくるための水を確保できるか? 灌漑施設をつくれるか? それが不可能なら、国際マーケットから買うだけの経済力が途上国につくか? ここでも人口増と貧困問題という、地球環境問題の本質に帰着するのです。つまり水危機というのは、地表から水がなくなるわけではなく、途上国の人々が安く入手できる水がないこと、または食料が買えないこと。ノドが渇いて死ぬのではなく、おなかがすいて死ぬことなんです。
──現在の食料生産の状況はどうなんでしょう?
グローバルに見ると、現在は若干あまり気味です。ただ今後不足することは間違いがない。ことに途上国では食料も水も足りなくなります。食料需要が増えると国際価格が上昇しますから、生産のモチベーションが上がる。そうなると中国でももっと作るようになるはずで、その効果をどう見積もるかというあたりは難しいところですが。
──温暖化が進みますよね。雨の降り方も変化するのでは。
水ストレスの高いアジアモンスーン地域で降水量などが多少増えるというシミュレーションもありますが、今後20〜30年のオーダーで考えると、途上国にとっては、地球温暖化より人口増の影響が支配的です。2025年ごろまでの人口の伸びがいちばん厳しい。この時期をどう乗り切るかが勝負です。
──食料増産が期待できるとすると?
アメリカやフランス、カナダなどの先進国でしょうね。こんな状況下で、先進国で食料を大量に輸入しているのは日本くらいのものですよ。 |